荷葉漫録

Happy maker in 高野山

高野山で開催中のアートイベントに行ってきました。
宣伝を兼ねて、写真だけでも取り急ぎ公開します。

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会場はHappy maker 提灯が目印です。

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お米展
お米とお米文字の不思議で楽しい世界です。
お米文字で憲法9条、般若心経そして、お米論etc.

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高野山は涼しくて、紫陽花もこれから咲くところです。
写真は泰雲院の入り口。

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このお部屋、ふわふわと空中に浮かんでいるような気持ちになります。
これ何だと思いますか?
すすきの穂を球体にして天井からつるしてるんですよ。

10日(日)までやってます。
詳しい情報はHappy makerのウェブサイトをご覧くださいね。

http://happymaker-koyasan.info/

     空味子

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春の慶事 -Good News-

心地よい天気と新緑のなか、高校時代の親友たちが六甲山でお祝いのパーティーを開いてくれました。

キッシーモ家の別荘=焼肉という記憶が定着していたので、今回もてっきり鉄板ジュージューtaurusという趣向かと思っていたのですが大いなる勘違いでした。
サプライズ・パーティーと言っていいぐらいの素敵な演出。そして皆さんの温かいお心遣いに空味・風海ともども感激しました。

ホントのところは、私たちがお披露目会にご招待すべきなのに、会場をはじめ、お料理・音楽・プレゼントetc.最高のパーティーを創っていただいて、この場を借りて改めてお礼申し上げます♪

悪代官を演じればアカデミー級の私ですが、主役で、しかも高砂に座るのは初めてのこと。何だか「ふわふわ」として宙に舞い上がるかんじでした。

それもそのはず。
グッチ氏ご尊父の、ノーリオ・キッシーモ邸は六甲山上。ニャーリー氏曰く、「韓国ドラマに出てくる豪邸」のイメージ。しかも、青く晴れ渡った空の下、神戸の街、海、山の緑が広がる風景です。

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また、グッチ主人の心のこもったお料理。厳選された素材をそろえてくださったことは言うまでもありませんが、焼き加減&風味がよく、堪能しました。それに加えて、グッチ夫人が披露宴さながらのメニューリストを作成。これには心憎い仕掛けがありまして、なんと、「風」「海」「空」「味」の文字が隠れているのです(写真下)。

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ほかにも、ケーキ入刀、ファースト・バイトといったつきものの演目を用意していただき、披露宴をやらない私(たち?)にとっては本当に嬉しいプレゼントでした。

旧交を温め、また新しい出会いを喜び、人生の宝を再確認したパーティーになりました。
グッチ夫妻、ニャーリー夫妻、ユウママさん、タクママさん本当にありがとう happy01

   空味

Kumufum

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謹賀新年

新年おめでとうございます
本年もどうぞよろしくお願いします。

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雪の中の根本大塔

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高野山は大晦日から元日にかけて雪が降り続き60cm程の積雪がありました。
こんなに積もったのは、私の記憶では数十年ぶりです。元日の朝から雪かき作業で新年早々いい運動になりました。

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 上の画像は奥の院にある、某自動車会社の供養碑です。雪の帽子が暖かそうでしょ?

  空味

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百八の煩悩 ブログ第108話に寄せて

今日は大晦日。
除夜に撞く百八の鐘は人間の煩悩の数とも、一年を表す十二ヶ月、二十四節気、七十二候の総数とも言われています。
煩悩の解釈は難しいですが、他人の評価を気にしすぎる私の「業」に引き付けて言えば、周囲の価値判断に囚われすぎないことが煩悩を払うことになるのでしょうか。
ヨガで自分を客観視できるようになるのが取り急ぎの目標です。

さて、来年は是非とも改めたい「悪業」に、朝寝坊があります。特に寒い冬は布団から出られず、二度寝、三度寝となることも度々です。こんなんではダメだと、早起き推奨本を購入して読んでみると早起きしてホテルで朝食を食べながらの勉強会とか、早起きのためのグッズが紹介されていて、なかなか魅力的なのです。
なかでも「スリープトラッカー」という目覚まし腕時計は、使用者の睡眠サイクルを計測し、浅い眠りをキャッチしてアラームが鳴る仕組みで、スッキリ目覚められるのだとか。
欲しいなあと思ってWebで検索してみるとなんと二万円前後(泣)。

考えてみれば、ホテルの朝食や高性能腕時計は「煩悩」そのもの。「悪業」を改めるのに「煩悩」を以ってしても根本的な解決には至りません。また、早起きにしても、早起き自体が目標なのではなくて、何のために早起きするのかが重要なはずです。

結局のところ私の悪業は、自分の人生に腹をくくって挑んでないことなのかも知れません。今夜は鐘を聞きながら、新しい挑戦に思いを巡らせてみます。

    空味

Kane

梵鐘

Kijibato

吹雪の中のキジバト

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アドベントの楽しみ

僧坊に住む子どもの元にも、クリスマスにはサンタクロースがやって来た。
その頃はクリスマスの宗教的な意味も分からず、家に煙突がないのを心配したり、うちには24日の夜に来るサンタが、同級生のY君ちには25日の夜に来ると聞いて、不思議に思ったりしながら、その日を心待ちにしていた。

そんな寺娘が、カトリックの女子高に進学し、修道院のシスターがお世話してくださる女子寮で生活を送ることになった。
クリスマス前には、アドベントのキャンドルに火を灯して聖歌を歌い、シスターお手製のクッキーを頬張る――と、過去となった今では、夢のようなイメージだけが残っている。
この寮のクリスマスイベントに、シークレット・パートナー、略してSP(シーパー)というものがあった。
待降節の期間中、愛神愛隣の精神でもって他人に優しくするというのが主眼で、くじ引きで決まった相手に、一日一つ、何かよいことをするというものだ。
具体的には、靴を磨いてあげたり、机の上に小さな贈り物をこっそり置いたりといったことを匿名で実行するのである。また反対に、自分も誰だかわからぬSPさんから「今日は寒かったですね」とか「いつもよく頑張っていますね」とか、温かい手紙をもらったりした。

パートナーが学校から帰る前や、お風呂に入っている間にこっそりと実行するのがスリリングで、また、自分のパートナーからは、今日はどんなサプライズがあるのかと想像するのが楽しかった。
SPが明かされるのは、クリスマス会である。自分に親切にしてくれたパートナーを言い当て、500円程度のプレゼントを受け取るという仕掛けになっており、クリスマス会の山場となっていた。

さて、このSPが私たち寮生の知らないところで、ちょっとした騒ぎを起こすことになる。
О先輩の御母堂が、先輩の所持品のなかにSPからの手紙を見つけた。そこに書かれた心温まるメッセージを読み、自分の娘は女ばかりの寮で、誰かとよからぬ関係になっているのではないかとご心配され、うちの母に電話で相談してきたのである。
母がいつになく口ごもりながら「寮にSPさんっていうイニシャルの人がいるの?あんたは大丈夫?」と言うので詳しく事情を聞き、あまりの勘違いに、質問に答えるのを忘れるほど笑った。

年をとる毎に、クリスマスを待つ気持ちは薄れているのだけれど、誰かの笑顔を思い浮かべるのは悪くないですね。

 空味

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十二月十四日

テレビがデジタル放送になることで、消えてしまうものがある。
子どもの頃から眼にしていた時報だ。
何でも、地上デジタル放送では、放送局が映像や音声情報を一旦圧縮して発信し、それを家庭のテレビ受像機で元に戻して映し出すため、送信から受信までに数秒かかり、それが画面上の時刻のズレとなるからだという。
もっとも、我が家のテレビは未だアナログなので、このままだとテレビ自体見れなくなるのだけれど。

「ポッ ポッ ポッ ポーン」で、時計の針を合わせるのが便利だった。数秒のズレを気にせずにはいられないのが現代社会だが、不定時法だった明治以前の人からみれば、まったく可笑しな話だ。
時を決めていたのは、時報ではなく、お天道様である。
今は、日本全国一斉に「ポーン」で正午を刻まなければならないが、日の出・日の入りを元にした不定時法では、地域によっても時は違う。

ところで、今日は赤穂の浪士が本所の吉良邸に討ち入った十二月十四日。先日聞いた落語では、吉良を討ったのは明け方だから、正確には十二月十五日だ、とのネタであったが、それは時報にならされた現代の感覚ではないだろうか。
江戸時代には、午前零時にあたる子の刻で日付が変わったと認識されたのか、ハタマタお日さまが出たのをもって日が改まったと認識されたのか?
後者のような気がするが、除夜の鐘は夜中に打つものねぇ。

「討ち入り」「除夜の鐘」と、師走らしい話題が出たところで今日はお開きにして、現代の日付が変わるまでに今日のお題をアップします。

ポッ ポッ ポッ ポーンっと。

 空味

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千秋万歳・100記事達成

11月末に博士学位請求論文(博論)を提出しました。
達成感というよりは、反省点ばかりが眼につきます。

同じような経験をしたことがあるなぁと、振りかえれば、
まるで初めての六甲登山と似ていることに気が付きました。

六甲山に初めて登ったのは今年の七月。
ロックガーデンではや「えらい所に来てしまった」と青ざめ、
「でもここまで来たら前に進まな帰られへん」と腹をくくって泣き泣き風吹岩まで到着。大阪湾から金剛・葛城の山々を見晴らして、心地よい風に吹かれたのもつかの間。そこからはガス欠のバテバテ。東お多福山まで来て、後もう少しかと思いきや、最後は下りで足はガクガク。ホウホウの体で帰宅したという有様。

…ということで、基礎体力の不足と日常的なトレーニングの大切さを山で自覚しましたが、研究面でも日々の研鑽意識そのものが足りなくて、結果的な体力不足になってることに今更ながら気が付きました。
(それにしても遅すぎるとの声が聞こえてきますが…。)

初登山の際、こう呟くおじさんがいました。
「山登り辛いの分かってんのに、なんで俺、また来たんやろう」
確かに、歩いてると「もう止めたい。もう動けない」と思うことは何度もあります。論文も然り。
何故そうまでして山に登るのか、何故書くのか?
その答えは未だよく分かりませんが、一つは、肉体的にも精神的にも自分自身を確かめられるということでしょうか?

もう懲りたし、ここらで辞めたいと思う一方、
「何でまた登ってるんやろう」と呟きながら、風吹岩からの眺めを求めて足を踏みだすんだろうなぁと思います。

                         空味

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借景-風景の共生―

街場の集合住宅に住む身で、自分も批判する権利はないのだが、このマンションの売り文句には驚いた。
「四天王寺を借景とする」マンション。
自邸から隣接する四天王寺の境内が見晴らせるというのである。

四天王寺は一千四百年の歴史をもち、今なお参詣人が絶えることのない大阪の生きた文化遺産である。その境内を南の窓下に望み、周囲もある程度は展望が広がるのだから、都会の真ん中にしては展望はよかろう。でもちょっと傲慢ではないだろうか。

借景とは、簡単にいえば自然に存在する風景を、自分の庭にちょっと拝借するというもの。景観を作り出す造園技法のひとつで、庭園の内側から庭園外部の風景を眺められるように設計する手法である。比叡山を借景とする京都の円通寺や、嵐山を借景とした天龍寺の庭園が世に知られている。

四天王寺は…と言えば、境内の極楽浄土の庭は、近年改装されて一般公開されるようになったようだから、もともと借景を考えて造園されたものでもなく、周辺にはすでに中高層の建築物が見えているので今さらしょうがない。

しかし、ここで問題なのは「四天王寺を借景に」と謳うマンション側が、自分の建ち位置を見ていないことである。まるで、自分さえよければいいと言ってるみたいだ。
居住者から見れば四天王寺は借景になるが、四天王寺の庭から見れば、このマンションが「借景」になってしまう。客観できれば、もしくは境内の庭にたたずんだことがあるなら、こんな謳い文句はおかしいと気づきそうなものだが。

上町台地にある四天王寺や夕陽丘は本来、西に眺望が開けている。江戸時代には、大坂でもトップクラスの料亭が建ち並んだ。ここから大坂湾や美しい夕陽が鑑賞できたからである。さらに平安の昔には、西海に沈む夕陽を観て西方浄土を想う「日想観(にっそうかん)」という修行がおこなわれた。伝説の域を出ないが、空海もここで日想観を行ったという。
でも、前述の物件はマンションにお決まりの全邸南向き。「せっかくこの地に建てるなら、西向きがいいのに」と、精一杯の皮肉を言わせてもらおう。

「建設を止めよ」とは言わないが、せめて四天王寺界隈の風土にあった建築にしてはもらえまいかと思う。

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五重塔から北を眺める

   空味

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本当は 泣きたくないのよ ホトトギス

2回目のサンチャゴ・メンバーの山行きです。
今回は7月30日と同じルートで、バス停の東お多福山口~土樋割~七曲り~六甲山山頂~魚屋道~有馬のコース。有馬では金の湯に入湯する特典プラン付きです。
初参加のアキオ氏に加え、AS氏、風海氏と私の4名の山行きとなりました。

さて、私にとってこのルートは2回目。土樋割までは談笑しながら歩いていたものの、七曲りの登りでバテバテ。体調は万全なはずなのに、何が悪いのか、呼吸が浅くて足も動かない。いつもより汗の量も多い。
楽しそうな中島みゆき談義も聞こえてくるというのに、もはや会話に入る余裕もなく、果ては荷物を持ってもらうことに。

そんな中にも、山腹でAS氏が見つけた花に癒されます。後で親切なハイカーから「ヤマジノホトトギス」であることを教えていただきました。

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この花は、模様が時鳥(ホトトギス)の班紋に似ていることから、その名がついています。
杜鵑草(ホトトギス)はちょうど今の時期に咲いて、秋の季語になっていますが、時鳥は「目に青葉 山ホトトギス 初鰹」の句が示すように夏鳥。

そういえば、ひと月前には草木が潤ってみえたのに、今回は猛暑のせいもあって、何だか草臥れているよう。
「テッペンカケタカ」と、時鳥の声も聞こえてこない。
今回の山行きはホトトギスは鳴かなかったけど、私は「大ブレーキ」で大いに泣きました。

    空味

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六甲山を越えて有馬へ

あれから一週間後、私たちはまた、山のなかにいた。

しばらくは辛い峠越えは避けたいし、2回目は少し短いコースを設定した。前回、ホウホウの体でバスに乗り込んだ東お多福山の登山口まで、バスで向う。
今回のスタートはここから。靴の紐を結びなおして9:00に歩きはじめる。

土樋割峠までは舗装された道が続いて、少し足元が固い。9:30に七曲りの上り口である
沢に到着。せせらぎが心地良い。ホトトギスも「テッペン カケタカ♪」と、のびやかに歌っている。
ここからようやく山登りの雰囲気が出てきた。

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七曲りに向かう沢。
この沢を越えてゆく。

六甲山頂を目指す七曲りは、登りが苦手な私にとってはやっぱりしんどかったが、風海さんは楽チンだったみたい。登山前の想像に比べると拍子ぬけしたそうだ。今回はバスも利用したし、土樋割峠までも順調に来れたからかもしれない。
前回の登山で、行程の三分の二は泣きごとを言っていたと指摘された私も、この登りでは泣きごとが少なかった、と思います。

Hikigaeru

今回の出会いはホトトギス。ヒキガエルくん、ヘビです。

一軒茶屋に10:20に到着。かなりいいペースだ。
六甲山山頂は標高931メートル。視界が霞んで見晴らしはきかなかったが、自宅の窓から見上げるあの山に、いま立っていると思うと達成感が出てきた。

休憩をはさんで11:00に頂上を出発。ここからは下りで、魚屋道(ととやみち)を通って有馬をめざす。下りは余裕がでて景色が楽しめるようになった。

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魚屋道。心地よい道をゆく。

六甲有馬のロープーウェーがゆく。

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1時間余りで有馬温泉に到着。今回の私の楽しみは何といっても温泉。公衆浴場の銀の湯で山登りの汗を流す。でも、ちょっとお湯の温度が高くて余計に疲れが出てきた。有馬からはバスで40分。さくらやまなみバスが開通したので、西宮まで楽に帰ってこれた。

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ところで、登りが苦手な私は、どうもがんばりすぎているようだ。
ゆる体操で有名な高岡英夫さんの『「ゆる」身体・脳革命』(講談社α文庫)に、マラソンランナー野口みずきさんのトレーニング姿が紹介されていた。野口さんが走るとき、藤田監督は「きついところだから、がんばるな。」と声をかけていたそう。頑張って身体がこわばってしまうと上手く走れない。身体がゆるんでいてこそ、能力が発揮できるそうだ。

そういえば思い当たる。山道で蜩の「カナカナ」、鳥のさえずり、川のせせらぎを聞くと、楽に歩けるようになったのは、身体がゆるんだからなんだ。これからは山の「癒し」効果を味方につけて、楽しんで登ることにしよう。 

   空味

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