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2012年8月

オリンピック、メダルの意義

  今行われているロンドン・オリンピックを毎日見ている。これまでの十数年間、下宿にテレビを置いていなかったので、その間ほとんどオリンピック観戦の習慣がなかったが、最近ようやくテレビがうちに来たため、朝の連続ドラマから夕刻のバラエティ番組まで、幅広い番組を見ている。

  ぼんやり気を抜いて、座っているだけで、ほとんど頭を使わずに楽しい時間が流れるというのが、テレビの恐ろしいところである。一億総白痴化とか、百害あって一利なしとか言われるテレビである。付き合い方を間違えると本当に廃用症候群で脳軟化症になりかねないから注意が必要だ。

  その論件に関しては、いずれ改めて論じるとして、今回はオリンピックを見ていて気付いたことなどを記す。

  ある競技が始まる前に、ランキングトップクラスの選手が、薬物疑惑か何かで出場取りやめになるという事件があった。そのニュースを伝えた実況のアナウンサーが、「これで○○(日本選手の名前)はまた一歩金メダルに近づいた」という意味のことを言った。

  ライバルがいなくなれば、その分メダル獲得が有利になるのは間違いない。しかし、本当にそれでいいのか。そのアナウンサーはよほどメダルに執着していると見えて、二度三度同じ意味のことを繰り返した。解説の元競技者が、「いや、本人はライバルと勝負して勝ちたいと思っているでしょうから、複雑な心境じゃないですか」と、やんわりたしなめていたが、実況のアナウンサーに通じたかどうかは分からない。

  オリンピックなど大きなスポーツイベントがあると、どうしてもメダル獲得が気になるが、競技をする者にとってみれば、第一は自分の実力をいかんなく発揮することであり、メダル云々は目標であり、結果であって、決して目的ではないと思う。この日に一番のパフォーマンスを出そうと練習してきた者ならば、ライバルの棄権や脱落は歓迎できるものではあるまい。

  本気で勝負して、競り勝ってこそ、メダルに意味があるのだと思う。今大会では、バドミントン競技で無気力試合のため有力な何組かが失格になったが、選手は素直に喜んだだろうか。

     風海

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