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あるシンポジウム(宴)

  先日、アレクサンドル・シマノフ氏のお宅にお邪魔した。シマノフと言えば、亡命ポーランド貴族の末葉で、1920年代セーヌの右岸において集成古美術の収集と歴史文献の渉猟に明け暮れたディレッタント、セルゲイ・シマノフの孫であり、祖父の遺志を引き継いで歴史を専門として(古美術品は借金のカタに売り払われた)、『1661年神話』などの著作が有名(?)である。奥さんは伊予の人。しばらく某大学図書館にお勤めされていたが、現在はフリーとなって韓国香港台湾などアジアの映画を研究されている。

   シマノフ家はこの度、T市にある瀟洒なお屋敷街に引っ越しをされた。裏はゴルフ場のある山で、よく風が通る間取りであり、一日中さまざまな鳥の声が聞こえるといううらやましい環境である。引っ越し完了して一月ばかりらしいが、書斎には未開封の段ボール箱が山脈をなしていた。研究者の宿命である。別の知り合いは、豪邸を建てたが、親子二代にわたる本のため、家の半分は書庫という人もいる。シマノフ氏はそこまでではないが、やはりすさまじい本に埋もれて、あわやおぼれそうになっていた。

  それはさておき。

  当日のお客は、ぼくと空味さんとK川さんの三人であった。K川さんは岡山の出だが、実家はもと神戸で貿易商をされていて、名家であった。曾祖父に当たる方が、借金の保証人などになって没落したとおっしゃるが、貴族は没落したときの、あの黄昏の空の美しさのようなたたずまいがいいのである。

  ボルドーのワインを飲みながら、ぼくは思い出していた。シマノフとはじめて会ったのは、1678年くらいであったか。その頃はシマノフとか風海ではなく、フランソワ・ジュリアンとか、ミシェル・ド・ランポンタンとか、そういう名前を名乗っていた。場所は、ルメルヴィル夫人のサロンである。夜会が終わり、居残ったぼくたちは、相手がなぜすぐに帰らないのだろうかと訝りあいながら何となく居続け、そして最後にその秘密を知ってからは意気投合したのである。
  その翌日の昼に、ばつの悪そうなルメルヴィル夫人を囲んでとった昼食のテーブルワインが、この度飲んだワインの味とそっくりであったのだ。

  ワインを飲みながら、そういう綺想がわいてきた。本当か、と言われると自信はないけれど、当たらずといえども遠からずではないかと思う。

  ところで、最近の物理学では、時間と空間は同じものであるという説があるらしいが、確かに楽しい空間というのは時間と一体であり、そして一瞬にして過ぎてゆく。アントニオ・サリエリのピアノ曲など聞きながら、皇室のゴシップなど話し合っているうちに時は流れ、そろそろ失礼しなくては、と思って時計を見ると、すでに家へ帰りついていなくてはならない時間であったのだ。

  シマノフご夫妻、K川さん、ありがとうございました。また近いうちにお目にかかりましょう。

   風海

 

 

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