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万年筆の調整

  大阪市内某所にあるM&J書店二階のN文具店にて、無料で万年筆の調整をしてくれるという。話を聞いて興味がわいた。今日だというので、空味さんと行ってみた。出がけにもたもたしていたので、着いたら十一時前になっていたが、すでに二十何人待っている状態で、大盛況のようである。七十代と五十代くらいの職人さんが二人、グラインダーを設置した机の前に座って研いだり何かを説明したりしていた。

 今お読みいただいているこの文章のように、ワープロで書くことが一般化してしまい、万年筆など使う人がいるのかと心配していたから、反面嬉しかったが、待たされるのは閉口である。十年来使っているカランダッシュの万年筆は、主観的にどこも悪くはなく、ただどういわれるかという好奇心だけだったので、よほど帰ってしまおうかと思ったが、空味さんのヴィスコンティはペン先をさしてあるところに錆が来ており、インクの出も悪いとのことで、調整を受けることにした。

  ようやく順番が回ってきて、七十代のおじさんの前に座る。一見して只者でない雰囲気を醸し出している。万年筆を見せると、開口一番「インクの出が悪いでしょ」
  特に悪いとも思わなかったから、「いや、悪くないですよ」と答えると、それを無視しておじさんいきなり削り始めた。よほど自分の見立てに自信があるのだろう。何度か微調整を繰り返して、はい、と渡された。おじさんの手はインクで染まっており、返されたペン軸がインクで汚れている。

  用意された紙に書いてみると、確かによく書ける。インクの出も悪くない。しかし、どこがどう変わったのかはわからない。こんなものかと思って店を後にした。
  変化に気付いたのは、かえっていつものノートに文章を書きはじめたときだった。ペン先が粉っぽくなって、引っかかりが生じていたのである。これまでノーストレスで書けていた局面でまさかの引っ掛かりである。これはどうしたことか。午後5時までやっているということだったので、よっぽどもう一度行こうかと思ったが、あのおっさんが「できた」というからには、これでいいのだと思いなおした。

  理由はいくつかある。確かに以前のようなするするという感じの滑る書き味はなくなってしまったが、逆に微妙に引っかかることでアクセントが生まれ、以前よりも書くことが楽しくなっているのである。するすると、ただ一本調子にインクが出ていたときにはない、一種の身体性がペンに宿ったような気がした。例えるなら、『ローマの休日』で、アン王女(オードリー・ヘップバーン)が長かった髪をバッサリやった時のような感じ、と言えば分ったり分からなかったりしていただけると思う。

  しかし、あの職人はどこのどなたなのだろうか。確かセーラー万年筆の職人さんたちと聞いていたが、名前を確認しておけばよかった。おそらくその世界ではかなり名の知れた人なのだろう。話し言葉から、広島人だろうと当たりを付けたが、間違っているかもしれない。

  風海

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