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ごみと氣の関係

  今日大阪府内某所にあるA先生宅にお邪魔し、部屋の片付けをお手伝いした。その家は先生のお母さんがおひとりで住まわれていたところで、お母さんが脳卒中で意識不明となり現在入院中で、帰宅のめどがつかないから、この際片づけてしまおうということで、ここ数か月、先生が一人で掃除をされていたのである。以前も行ったことがあるのだが、その時には本当にただの「お片付け」であった。今回は、もはや家財道具の処分に近い。

  行ってみると、玄関内にごみのポリ袋が山のように積まれていた。中に入るとそこにも山があり、さらに上の階にも・・・。地域のルールの都合でごみ出しが一気にできず、先生が捨てるために用意されたごみが、相当数たまっているのである。

  しばらく言われたとおりに作業をしていたが、三階建のその家の三階は温度が高く、風の通りも悪いためか、次第に疲れの色が濃くなってきた。妙な疲労感が蓄積し、バイタルフォースが見る間に減っていくのがわかる。へとへとになって、頭も朦朧としてきた頃に作業が一段落し、ようやくお開きとなったのである。前回は、真夏の暑いときに行って、今回よりも過酷な労働環境であったが、今回ほどには疲れなかったと記憶している。

  これは一体どうしたことかと考えてみた。おそらくごみのせいである。前回はお母さんがまだ健在で、家の中のものは基本的に「要るもの」であった。ところが今回行ってみると、お母さんが必要と思っておいておかれた物のうち、九割以上が「不要」と判定され、その場でごみとなっていったのである。

  ごみに囲まれていると、大幅に氣を消耗する。これは今回分かったことである。日本人は古いものを大切にしない民族だと、よく批判的に言われることがある。しかし、古いものを捨てる当人の気になってみると、ある意味当然なのである。古くて使えないものは、収納によほど余裕がない限り処分せざるを得ない。すなわちごみとなる。それを我慢しておいて置くと、ごみが発酵して悪い氣を発散し始める。その環境に長くいると、住人の健康は阻害され、運気も下降する。仕方なくごみを捨てる。古いものがなくなっていく、という按配である。

  あの家から、早くごみ袋の山脈が消えることを願わずにはいられない。現在A先生は決して完全な健康体ではない。病気ではもちろんないが、大元気という訳ではないのである。しかし、あの膨大なごみ袋が姿を消し、部屋の中がピカピカになったら、完全な健康を取り戻して、運気も上がり、たぶん小金持ちにはなられるだろうと予想している。

   風海

 

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