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産学連携

  陰謀理論(コンスピラシー・セオリー)という学問のジャンルがある。何にでも裏があり、必ず仕掛ける人がいる、という見方で森羅万象を考察するというものだ。ぼくがお世話になっているU先生はこの第一人者で、幾度もお会いするうちに、次第に染まってきて、そういう見方が板についてきた感がある。

  今ぼくは産学連携が怪しいと思っている。3.11原発事故において、いろいろ問題が百出したけれど、原子力発電所の設計とか、そもそも原子力は安全だとか、他にエネルギーがない、などという妄説の「データ」と「根拠」を形成したのは、原子力産業から研究費をもらっている学者たちである。彼らは「原子力は安全」という「主張(クレーム)」ありきで研究をはじめているため、どうやってもそれに都合のいいデータが出るように実験などをデザインすることになる。つまり捏造である。

  経済界と政界、そして学界とマスコミががっちり結び合って鉄壁のスクエアを形成しているのだ。これが産学連携の実態である。産と学の連携といえば聞こえはいいが、実は産による学の奴隷化である。なぜなら、学から産への要求はほとんど通らないが、産から学への要求は札びらによってほぼ通るからである。

  いや文系はそうでもないだろう、まだ批判精神を残している、と言うかもしれない。しかし、それも怪しいものである。確かに個人レベルで見れば、優秀でよく物事が見えている方はいらっしゃる。ただ、いかんせん組織レベルになると、科学研究費とか、研究拠点とか外部資金調達を課せられて、おかしくなっている。

  その何がおかしいかと言えば、そもそも、文部科学省などが「認可」するような研究テーマを研究するという姿勢である。一体研究というのは、内的欲求によって、個人の問題関心を掘り下げてゆくものであり、どこかの役所がリードしてそれに追随するようなものではない。いや、おれたちは自分の関心分野を提出して、それが認可されただけだ、というかもしれない。そこがねらい目なのである。

  最近はやりのメンタリスト・DAIGOという人物がいる。彼はちょっと変わった手品師で、心理的な手法を駆使して相手に自分が選ばせたい図形や数字を選ばせることができるという。数字や図形を書いてまんまと当てられた人は驚くが、暗示的な誘導によって、自己決定を「させられている」ことに氣づいていないからである。

  つまり、科学研究費などの書類を出してそれが通ったら、「あ、今文科省のリードに引っかかった」と思わなければならない。では、文科省はなぜそういう仕掛けをするのかと言えば、学者を骨抜きにしようという計画なのである。彼らに潤沢な資金を持たせ、こちらに指定する分野の研究(文科省の要求するというところが大事なので、その実内容は何でもいいのである)を行わせることで、批判精神を骨抜きにしようと企んでいるのである。

  能力は高いが従順でおめでたいこと、これがいい奴隷の条件である。産学連携はその選別事業と言っていい。従順でいうことを聞くそれなりに能力の高い学者を囲い込んで思うような研究をさせ、あとはほっておいても大学淘汰の波の中に消えていくだろう、というのが当局の目論みなのである。

  これはぼくの僻目かもしれない。しかし、いろいろなところで、すでにぼろが出つつある。たとえば、堤未果『政府は必ず嘘をつく―アメリカの「失われた十年」が私たちに警告すること』(角川SSC新書、2012)は原発事故後の学界やマスコミと政府の対応について詳しいし、分野は違うけれど白澤卓二『「砂糖」をやめれば10歳若返る』(ベスト新書、2012)にも研究費をもらってのデータ捏造の背景が書かれている。
 他にもいろいろ文献はあると思う。いくつか勘案してみて、反論などあればお願いします。

   風海

 

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