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2012年5月

産学連携

  陰謀理論(コンスピラシー・セオリー)という学問のジャンルがある。何にでも裏があり、必ず仕掛ける人がいる、という見方で森羅万象を考察するというものだ。ぼくがお世話になっているU先生はこの第一人者で、幾度もお会いするうちに、次第に染まってきて、そういう見方が板についてきた感がある。

  今ぼくは産学連携が怪しいと思っている。3.11原発事故において、いろいろ問題が百出したけれど、原子力発電所の設計とか、そもそも原子力は安全だとか、他にエネルギーがない、などという妄説の「データ」と「根拠」を形成したのは、原子力産業から研究費をもらっている学者たちである。彼らは「原子力は安全」という「主張(クレーム)」ありきで研究をはじめているため、どうやってもそれに都合のいいデータが出るように実験などをデザインすることになる。つまり捏造である。

  経済界と政界、そして学界とマスコミががっちり結び合って鉄壁のスクエアを形成しているのだ。これが産学連携の実態である。産と学の連携といえば聞こえはいいが、実は産による学の奴隷化である。なぜなら、学から産への要求はほとんど通らないが、産から学への要求は札びらによってほぼ通るからである。

  いや文系はそうでもないだろう、まだ批判精神を残している、と言うかもしれない。しかし、それも怪しいものである。確かに個人レベルで見れば、優秀でよく物事が見えている方はいらっしゃる。ただ、いかんせん組織レベルになると、科学研究費とか、研究拠点とか外部資金調達を課せられて、おかしくなっている。

  その何がおかしいかと言えば、そもそも、文部科学省などが「認可」するような研究テーマを研究するという姿勢である。一体研究というのは、内的欲求によって、個人の問題関心を掘り下げてゆくものであり、どこかの役所がリードしてそれに追随するようなものではない。いや、おれたちは自分の関心分野を提出して、それが認可されただけだ、というかもしれない。そこがねらい目なのである。

  最近はやりのメンタリスト・DAIGOという人物がいる。彼はちょっと変わった手品師で、心理的な手法を駆使して相手に自分が選ばせたい図形や数字を選ばせることができるという。数字や図形を書いてまんまと当てられた人は驚くが、暗示的な誘導によって、自己決定を「させられている」ことに氣づいていないからである。

  つまり、科学研究費などの書類を出してそれが通ったら、「あ、今文科省のリードに引っかかった」と思わなければならない。では、文科省はなぜそういう仕掛けをするのかと言えば、学者を骨抜きにしようという計画なのである。彼らに潤沢な資金を持たせ、こちらに指定する分野の研究(文科省の要求するというところが大事なので、その実内容は何でもいいのである)を行わせることで、批判精神を骨抜きにしようと企んでいるのである。

  能力は高いが従順でおめでたいこと、これがいい奴隷の条件である。産学連携はその選別事業と言っていい。従順でいうことを聞くそれなりに能力の高い学者を囲い込んで思うような研究をさせ、あとはほっておいても大学淘汰の波の中に消えていくだろう、というのが当局の目論みなのである。

  これはぼくの僻目かもしれない。しかし、いろいろなところで、すでにぼろが出つつある。たとえば、堤未果『政府は必ず嘘をつく―アメリカの「失われた十年」が私たちに警告すること』(角川SSC新書、2012)は原発事故後の学界やマスコミと政府の対応について詳しいし、分野は違うけれど白澤卓二『「砂糖」をやめれば10歳若返る』(ベスト新書、2012)にも研究費をもらってのデータ捏造の背景が書かれている。
 他にもいろいろ文献はあると思う。いくつか勘案してみて、反論などあればお願いします。

   風海

 

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体調の変化

  久しぶりに稽古に行って、久しぶりに第11体技をやった。体技というのは、同系統の技をセットにして連続で行うものである。30まであり、基本は6つセットとなっている。左右行うので一つの体技につき12回投げることになる。投げる方はいいが、受け身は12回転ばなくてはいけないので、なかなか大変だ。

  関西大会が近いので、今日はその練習が中心であった。それに出る人に付き合って第11体技を行ったのである。それも、何度か投げ受け交替してずいぶんやったので、いい運動になった。少し間が空いたので、体力が心配だったが、全く問題なく、むしろ身体が軽いくらいであった。

  それにしても、このところ体調の変化が目まぐるしくていけない。数日前までだるくて稽古をする気になれず、おまけに腰まで痛かったとは思えない。だるかったときには、逆に数日前まで元気だったとは思えないほどだったから、徐々に弱るとか回復するとかではなく、スコンと突然のように変化しているのである。

  丁度季節の変わり目で、体調にも変化が起こりやすい時期なのかもしれない。しかし、この数年こういう忙しい変化の連続はあまりなかったように思う。自己中心的に見れば、更年期とかそういった類の変化の時期なのかもしれない。あるいは天人相関的に見れば、宇宙規模の変容の時期に来ているのかもしれない。

  現に月が地球から毎日3センチずつ遠ざかっているとか、地軸がゆがみ始めているとか、今年はオーロラが大発生して北米では大規模な停電が起こるとか、日本の夏は冷夏になりそうだとか、そういうお話には事欠かない今年のありさまである。
 そうだからといって特に何も起こらないとは思うのだが、そういったマクロな変化が、ごく小規模にぼくの身体に作用して、翻弄しにかかってきているのかもしれない。どうせなら、技が劇的にうまくなるとか、突如ものすごい健康体になるなどといった変化を望みたいものである。

     風海

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ごみと氣の関係

  今日大阪府内某所にあるA先生宅にお邪魔し、部屋の片付けをお手伝いした。その家は先生のお母さんがおひとりで住まわれていたところで、お母さんが脳卒中で意識不明となり現在入院中で、帰宅のめどがつかないから、この際片づけてしまおうということで、ここ数か月、先生が一人で掃除をされていたのである。以前も行ったことがあるのだが、その時には本当にただの「お片付け」であった。今回は、もはや家財道具の処分に近い。

  行ってみると、玄関内にごみのポリ袋が山のように積まれていた。中に入るとそこにも山があり、さらに上の階にも・・・。地域のルールの都合でごみ出しが一気にできず、先生が捨てるために用意されたごみが、相当数たまっているのである。

  しばらく言われたとおりに作業をしていたが、三階建のその家の三階は温度が高く、風の通りも悪いためか、次第に疲れの色が濃くなってきた。妙な疲労感が蓄積し、バイタルフォースが見る間に減っていくのがわかる。へとへとになって、頭も朦朧としてきた頃に作業が一段落し、ようやくお開きとなったのである。前回は、真夏の暑いときに行って、今回よりも過酷な労働環境であったが、今回ほどには疲れなかったと記憶している。

  これは一体どうしたことかと考えてみた。おそらくごみのせいである。前回はお母さんがまだ健在で、家の中のものは基本的に「要るもの」であった。ところが今回行ってみると、お母さんが必要と思っておいておかれた物のうち、九割以上が「不要」と判定され、その場でごみとなっていったのである。

  ごみに囲まれていると、大幅に氣を消耗する。これは今回分かったことである。日本人は古いものを大切にしない民族だと、よく批判的に言われることがある。しかし、古いものを捨てる当人の気になってみると、ある意味当然なのである。古くて使えないものは、収納によほど余裕がない限り処分せざるを得ない。すなわちごみとなる。それを我慢しておいて置くと、ごみが発酵して悪い氣を発散し始める。その環境に長くいると、住人の健康は阻害され、運気も下降する。仕方なくごみを捨てる。古いものがなくなっていく、という按配である。

  あの家から、早くごみ袋の山脈が消えることを願わずにはいられない。現在A先生は決して完全な健康体ではない。病気ではもちろんないが、大元気という訳ではないのである。しかし、あの膨大なごみ袋が姿を消し、部屋の中がピカピカになったら、完全な健康を取り戻して、運気も上がり、たぶん小金持ちにはなられるだろうと予想している。

   風海

 

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トンネル

  最近どうも不調だった。長いトンネルに入ったかのように、疲れが抜けずだるさが続く日々であった。あまつさえ、原因ほぼ不明の腰痛にもなった(ほぼ、というのは、腹這いになっていて起き上ったら痛くなっていたので、原因はそれではないかとも思うからである)。すべて、金環日蝕の前後からである。

  それが昨日あたりまで続き、今日も朝少し「雰囲気」があったものの、午前中数時間にわたり書き物をしているうちに元気になってきた。机に向かって背中を丸めていると、例外なく肩から腰にかけてバリバリになってしまうものだが、今日は少し張りがあるかなという程度であった。腰痛の後遺症もほとんど消えていた。

  これで完全復活かというと、それは甘いのかもしれない。ただ気分的には、金環日蝕によるエネルギーの影響下から脱したという感じである。それと関係するのかしないのか、近く大きな地震が来るかもしれないというお話があった。その予言も先週までくらいという、ゆるい限定であったから、本格的に「今週」が始まった今日あたりから、トンネルを抜けたように思われる。

   風海

 

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万年筆の調整

  大阪市内某所にあるM&J書店二階のN文具店にて、無料で万年筆の調整をしてくれるという。話を聞いて興味がわいた。今日だというので、空味さんと行ってみた。出がけにもたもたしていたので、着いたら十一時前になっていたが、すでに二十何人待っている状態で、大盛況のようである。七十代と五十代くらいの職人さんが二人、グラインダーを設置した机の前に座って研いだり何かを説明したりしていた。

 今お読みいただいているこの文章のように、ワープロで書くことが一般化してしまい、万年筆など使う人がいるのかと心配していたから、反面嬉しかったが、待たされるのは閉口である。十年来使っているカランダッシュの万年筆は、主観的にどこも悪くはなく、ただどういわれるかという好奇心だけだったので、よほど帰ってしまおうかと思ったが、空味さんのヴィスコンティはペン先をさしてあるところに錆が来ており、インクの出も悪いとのことで、調整を受けることにした。

  ようやく順番が回ってきて、七十代のおじさんの前に座る。一見して只者でない雰囲気を醸し出している。万年筆を見せると、開口一番「インクの出が悪いでしょ」
  特に悪いとも思わなかったから、「いや、悪くないですよ」と答えると、それを無視しておじさんいきなり削り始めた。よほど自分の見立てに自信があるのだろう。何度か微調整を繰り返して、はい、と渡された。おじさんの手はインクで染まっており、返されたペン軸がインクで汚れている。

  用意された紙に書いてみると、確かによく書ける。インクの出も悪くない。しかし、どこがどう変わったのかはわからない。こんなものかと思って店を後にした。
  変化に気付いたのは、かえっていつものノートに文章を書きはじめたときだった。ペン先が粉っぽくなって、引っかかりが生じていたのである。これまでノーストレスで書けていた局面でまさかの引っ掛かりである。これはどうしたことか。午後5時までやっているということだったので、よっぽどもう一度行こうかと思ったが、あのおっさんが「できた」というからには、これでいいのだと思いなおした。

  理由はいくつかある。確かに以前のようなするするという感じの滑る書き味はなくなってしまったが、逆に微妙に引っかかることでアクセントが生まれ、以前よりも書くことが楽しくなっているのである。するすると、ただ一本調子にインクが出ていたときにはない、一種の身体性がペンに宿ったような気がした。例えるなら、『ローマの休日』で、アン王女(オードリー・ヘップバーン)が長かった髪をバッサリやった時のような感じ、と言えば分ったり分からなかったりしていただけると思う。

  しかし、あの職人はどこのどなたなのだろうか。確かセーラー万年筆の職人さんたちと聞いていたが、名前を確認しておけばよかった。おそらくその世界ではかなり名の知れた人なのだろう。話し言葉から、広島人だろうと当たりを付けたが、間違っているかもしれない。

  風海

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カランコエ

  ある日何気なく花屋の店先を覗くと、ぎざぎざのついた柏餅の葉のような平べったい葉っぱの中から、赤や黄色をした菜の花のような形の小さな花の突き出た鉢が並んでいた。この花、どこか変わっている。よく見ると葉も茎も、ぬるっとしているのである。といって、気持ちが悪いほどではない。

  そのつるっというか、ぬるっとした感じが、むしろどこか愛嬌があり、かわいらしく見えたので一つ購入することにした。花の名は「カランコエ」という。聞いたことのない名前である。夏ごろまで花が咲き、終わったらプランターなどに植え替えるようにという店員の話であった。

  帰った調べてみると、カランコエというのはマダガスカル原産の多肉植物であった。買った時には気付かなかったが、あの独特の肌合いはサボテンの仲間ゆえであったためか。あまり水をやらなくていいというのが、不精なぼくにピッタリである。

  今日出かけるときに、ガジュマルなど他の鉢植えと一緒にベランダに出しておいたら、なんとなく萎れて元気がなさそうになっていた。調べてみると、あまり日に当てない方がいいらしい。日陰において、直射日光は避けること。冬は家の中へ置いておくことなど、諸注意があった。

  多肉植物というのは、強くてどうにでも育つのかと思っていたら、案外繊細なのであった。サボテンは意思を持つといわれるくらいであるから、注文が多いのも仕方がないかもしれない。それはともかく、このところ植物に目が行くことが多い。五月の連休に実家でガーデニングをしてきたから、その感覚が残っているのだろうか。夏の日ざかりは閉口するが、涼しい時間帯に畑などへ出て土をいじるのは本当に気持ちのいいものである。

   風海

 

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跳び受け身

  このところいろいろ掛け違って稽古をしていなかったが、水曜日と今日道場へ行った。2級の技に前受身が出てくるので、その練習をということで、合氣道の時間ほぼ丸々費やして受け身ばかりやっていたのだが、途中から様子が変わり、こういうことも出来るよということで、跳び受け身の練習になった。

  跳び受け身というのは、文字通り跳んでから受け身をするのである。練習では、二人くらいが体を丸めているところに飛び込んで、向こう側へ受け身をするというやり方をする。上に飛ぶのではなく、水平に前へ向かって飛び込むのだ。初め一人から始めて、だんだん人数を増やすのであるが、最高は七人くらい飛んだという話を聞いたことがある。

  今日は二人までであったが、やってみると案外出来るものである。拳をついてからすぐに身体を丸めないと、背中を打ってしまったりする。コツはうんと前方に飛び込むことであろう。しかし、どういう状況でこういう受け身が必要になるかというと、素通りで足を刈られたり、誰かが前に転がってきたような場面であろうか。

  そのご、小手下しで投げられて、手を放してもらえなかった場合の受け身の練習も行った。同じようにうずくまってもらい、背中に手を置いて、その手を動かさないようにして向こうへ一回転するのである。すると、はじめは例外なく背中から落ちる。それを徐々に慣らしていき、丸まって普通に起き上れるところまで持っていくのである。

  こういう受け身の練習は普段しないので、大変面白かった。今日はほとんど技の練習という感じではなかったのに、時間が早く過ぎた氣がした。もう当分やらないだろうけれど、七人は無理でも三人くらいは飛べるように、自分一人で練習しておこうかと思う。

  風海

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金環日蝕

  5月22日朝7時30分ごろ、ぼくの住んでいる地域でも金環日蝕が見られた。目を傷つけるので、絶対に裸眼で見ないようにと、あちこちで注意を促していたので、前日にグラスを買いに行くと、どこも見事に売り切れであった。まだあるだろうと思っていたのが甘かったのだ。そして当日、テレビをつけると一大イベントのようにどの局も大騒ぎしており、こんな大事になっているのなら、もっと早く準備をしておくべきだったが後悔先に立たず。

  仕方なく、裸眼で見た。というか、ぼくはよく太陽を見ているので、全く抵抗なく眺めることができた。しかし、よほど注意が行き届いていたと見えて、近くにいた近所の子供が心配してグラスを貸してくれたのだった。
 

  黒いグラス越しに見ると、輪の部分がオレンジ色に光って見え、全体が白っぽい色で見えていた裸眼の時とは違って、実に幻想的な風景であった。やはりグラスを手に入れておけばよかったと、この時本気で思ったのである。

  中国の歴史書には、よく「日これを食するあり」という日蝕の記事が出てくる。天人相関的に不吉な前触れで、そのごあまりいい記述は続かないのがふつうである。世間では天文ショーということでお祭り騒ぎになっているが、数百年前なら政府が厳戒態勢でも敷きかねないような、大事件の前触れなのである。

  そして昔の人は何の根拠や確信もなく、日蝕などの天変を恐れたりはしない。やはり何らかの確証があって日蝕を不吉な前触れととらえているのであろう。ぼくの感じたのは、何やら正体不明の強いエネルギーが、前日から当日にかけて動いていたということである。前の晩妙な「腹さわぎ」(としかいいようがない。といって普通の腹痛とかそういったものとも違う感覚だった)を感じて一時寝ることができなくなり、しばらく苦しんでいたし、翌日日蝕を見物してしばらくたつと、突如ものすごい気怠さに襲われて立っていられなくなった。それで仕方なく眠ったのだが、夢の中で猛烈な眠気に襲われるという意味不明の事態に陥ったのだった。

  この日触によって、何がどうなるのかはわからない。しかし、何かがどうにかなりそうなエネルギーが動いたことは間違いないと思う。みなさま、どうか防災意識を持って、まさかの事態に対処できる準備をなさっておいてください。

     風海

 

 

 

 

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