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輝ける島―獅子国紀行① 序章

 突然ですが、スリランカへ行ってきました。その経緯は以下の通り。

 空味さんのお父さんはK山の大徳(だいとこ)である。昔日本に留学して一緒に修行していたスリランカ人のお坊さんが故国に帰って社会福祉事業を始められ、今年がそのM社会福祉センター設立三十周年に当たっていた。その式典が二月末に行われることになり、奈良にある世界遺産G-G寺がツアーを企画して団体でそれに参加することになったから、お前らも一緒に来ないかと言われ、二つ返事でついて行った次第なのである。

 スリランカは、首都の名が「スリ・ジャヤワルダナプラ・コッテ」だと中学生の時に記憶したくらいで、あとは紅茶の産地としてしか知らず、これまでほとんどなじみのない国であったが、この度行ってみて非常にいい印象を持った。

 そのことについてはおいおい書いていくつもりだが(多分)、今日はその序章ということで。このたび、一番大変だったのは移動である。時差三時間半というのは近くもなく遠くもないといったところで、それほど苦労するとは思っていなかった。ところが、朝十一時にヒコーキが飛んで、ついたのが現地時間の午前零時過ぎなのである。日本時間でいえば明け方の三時半過ぎ。

 台北経由、香港乗り換え、バンコク経由で、ようやくコロンボに入る。スリランカは国際線は夜中しか入れない決まりになっていて、どこから言っても必ずこの時間以降になるという。どういう訳でこんなはた迷惑な決まりを作ったのか知らないが、実際乗っている時間と空港で待っている時間を足して十六時間というのはかかりすぎである。

 とはいえ、そういうデメリットも影をひそめるくらい、スリランカはぼくの性に合っていた。寒いところから暑いところへ行くので、体調の変化に気を使っていたが、気にすることはあまりなかった。ちょうど日本の6~7月くらいの気温で、蒸し暑かったが緑が多いせいか空気が澄んでいて息苦しい感じはしない。昔中国では、中原の寒いところにいた人たちは南方を瘴癘の地と呼んで恐れていたが、確かにマラリヤなど怖いことは怖いのだが、スリランカは熱気も湿度も実に気持ちのいいものである。 

  ところで、「スリランカ」とは、「スリ(輝ける)」「ランカ(島、国)」という意味だそうで、首都はスリ・ジャヤワルダナプラ・コッテ(コッテ地方の輝けるジャヤワルダン(前大統領の名前)の街という意味)である。ただ、ここには国会議事堂だけがあり、事実上の首都機能はコロンボが担っている。(以下次項)

   風海

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コメント

「スリランカ」「スリ・ジャヤワルダナプラ・コッテ」の意味、知りませんでした。これから先、旅のメモワールを読ませていただけるのを楽しみに致しております。

投稿: AS | 2012年3月 7日 (水) 17時47分

コメントありがとうございます。
写真を入れたいのですが、いかんせん未整理で、同じように星雲状態の記憶の中から「メモワール」を紡ぎだすのは本当に大変です。もはやそうであった事実ではなく、そのようにしか語ることのできなかった「物語」しか書けないと思います。だから同行した人が、これは真実と違うといっても、それはすでにぼくの責任ではないのです。

投稿: 風海 | 2012年3月 7日 (水) 22時19分

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