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歴史とロマン―はくろん講報告―

  今日ビヤ王S氏が福岡からやってきて、講が開催された。メンバーはぼくとシマノフを合わせて三人。場所は三宮某所のカフェであった。メンバーの中で最も裕福なのがS氏であるため、いつも来ていただいて恐縮である。

  講のお題は歴史記述。実は、開催が決定したとき、S氏からこんなメイルをもらっていた。

風海くんからの前便で問題提起された「実証」ですが、私の考えでは、「実証」も結局は物語にすぎないということです。おっしゃる通り、歴史家が行っている「実証」は、史料操作で「ここにこう書いてある」というものにすぎないモノです。

 我々がこれまで話し合ってきたように、史料に書いてあることは結局ひとつの「物語」に過ぎず、そこに書いてあるからといってそれが真実とは限りません。なので「史料に忠実な実証」というのも、史料操作によって描き出された「物語」にしか過ぎないということになると思います。

 でもそれは身体論による実証もそれほど違わないのではないでしょうか。科学的なデータであっても計測の仕方やどのような数値を採るかで、得られるデータもかなり違ってきますし、経験則なども個人的な感覚によりますので、そういったデータをもとにした実証と言うのも、それもやはり「物語」になってしまうのではないでしょうか。
 
 つまり、私が「実証面がよわいので、もう少し実証的な面を補わなければ」というのは、今回の発表は、主父偃という個人の性格や動向から制度を見るという、ジャルダン的な「物語」に集中しすぎていたので、いわゆる科学者、実証主義者向けの「物語」もきちんと書かないといけないな、と言うことになるのだと思います。
 
 なんだかうまく説明できていませんし、シマノフくんにはここまでの経緯がわからないまま話をしていますので、意味不明かもしれませんが、今回の講で風海くんが提起してくれた「実証」の問題についてもお話できれば楽しそうですね。

この話題について、五時間近く語り合う予定だったが、いつものごとく脱線に次ぐ脱線で、その方が結局面白いからいいのだが、当該問題に触れた時すでに日は西に傾き始め、ビヤ王はすでに酔いを発し、ぼくは若干眠くなっていた。

  しかし、ロマンか歴史かという点で、われわれが揺れているということは確認できた。歴史は科学だ、ロマンはない、と言い切れたのは、それこそ歴史がロマンだった時代である。そういう大見得を切れないところに、今のぼくらは来ていると思う。しかし、S氏の新幹線の時間があって、この話は中途半端で終わってしまった。次回につなぐという意味では結構なことだが、少し物足らない思いが残る。

  そこで、みなと別れてから、一人で少し考えたのであるが、歴史のロマンと、小説や物語のロマンは違うのではないか。小説、物語ならば、面白い話があればいい。しかし、歴史の場合、やはり学問という制約が残る。つまり、知的強度のブレなさと、思考の流れの確かさが求められるのである。

  そして、そこにこそ、歴史のロマンはあるのではないだろうか。ある問題に関して、さまざまな視点からの検証、さまざまな層からの論理構築を行い、最終的に登場する人間なり事実なりを多面的に掘り起こすのである。そこにかかる知のアクロバシーが、つまりはロマンに相当するのではないか。

  そういう風に考えてみた。今日ご一緒したお二人にこういう言い方で通用するかどうかは分からないが、ひとまずこれを今の見解として提示してみたい。よかったら、「苦手」といわず、コメントにおいてご批判ください。

  風海

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宇則齋志林」カテゴリの記事

コメント

 先日は楽しい時間をありがとうございました。話が佳境に入ったところで、酔っ払ってしまい申し訳ありませんでした。
 「歴史とロマン」の問題は、今後も継続してお話したいところですが、風海さんのおっしゃる、「ある問題に関して、さまざまな視点からの検証、さまざまな層からの論理構築を行い、最終的に登場する人間なり事実なりを多面的に掘り起こすのである。そこにかかる知のアクロバシーが、つまりはロマンに相当するのではないか。」というのには、全面的に賛成です。
 論理的な裏付けもなくフィクションを語るのは「とんでも」でしかありません。しかし「知的強度」を高めた上で、最終的な歴史の流れを物語らなければ、文学としての歴史学とは言えないでしょう。そういう意味では現在の歴史学にロマンはありませんね。
 「歴史学にロマンはない」といった大庭脩自身、実は、その実証的な論証にとどまらず、一般の読者へ向けた物語を重視していたように思います。
 実証的な歴史学を突き詰めた先にこそ、知的アクロバシーとしてのロマンは成立するのかもしれませんね。

投稿: SS | 2012年2月13日 (月) 21時50分

初コメント失礼しますv(^-^)v久海 文緒(クミフミオ)さんのブログよませてもらってますヾ(@^▽^@)ノファンです(笑)活気お普段はあまりコメントはしないんですけど、結構チェックさせてもらってるのにコメントしないのもアレかなって思いまして(苦笑)今日はコメントしてみました(照)というかココログ会員じゃなくてもコメントできるんですね…知らなかった(汗)もしよかったらメアド載せとくのでメールしましょー(*^ー^)ノ久海 文緒(クミフミオ)さんとお友達になれたら嬉しいです(*^▽^*) ヾ(@^▽^@)ノ

投稿: まりこ | 2012年2月17日 (金) 23時00分

まりこさま

コメントをありがとうございました。
こんな想定範囲の狭い文章を面白がって下さる方がいるとは思いもしませんでしたが、読んでいただけるとはげみになります。更新が遅くて友人たちからは半ば呆れられているような按配ですが、気長にお付き合いいただければ幸いです。
なお、書かれていましたメイルアドレスは、もしものことがあってはいけませんので、画面上では削除させていただきました。

風海拝

投稿: 風海 | 2012年3月 5日 (月) 07時12分

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