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2011年11月

ある会合

 先日、大阪市内某ホテル隣接の商業施設にて、会合があった。出席者は三人で、ぼくとSS氏とAS氏である。そこのワインセラー併設のカフェで、一杯やったのである。早く言えば「飲み会」ということになるが、その名称からは零れ落ちるものがあまりに多いので、仮にこれを「庭宴之会(セルクル・ド・ジャルダン)」ということにしておく(分かる人だけわかればいいので)。

 話の内容は多岐にわたり、とても一口では言えないが、非常に楽しい時間であった。主観的には数十分ほどしか飲んでいないはずなのに、客観的時間は四時間余りの経過を告げており、ボトルも四本空になっていた。ここで、一つはっきりしたのは、この場に妖怪酒舐めが陪席していたということである。

 ぼくたちは確かにかなりのペースで飲んでいたようである。しかし不思議なのは、さっき確認した段階ではまだ半分以上のこっていたはずのボトルが、次に見たときには空になっている、ということが繰り返されたことである。

 この事実をどう受け止めるか。ぼくたちは、三人とも明らかに酒舐め君の存在を感知したのである。彼が実在することはすでに分かっている。SS氏がビールを24本ケースで買って、これで一月に六日間休肝日が取れる、という計画をするのに、必ず足りなくなるのだ、と言っていることからも知られる通りである。SS氏は仮にも言ったことを反故にするようなタイプではない。だとすれば、その計画が必ずダメになるには、別の理由がなくてはならない。

 そこから、酒舐めの存在がクローズアップされたのである。彼はおそらく人知れず、ひそかに我々の酒をなめてやろうとしていたであろう。しかし、存在を知られたからには選択肢は二つしかない。引き下がるか、仲間になるか、である。そしてぼくたちは、彼を仲間にする方を選んだ。その証として、いいワインをたらふくごちそうしてのだから。

 こうやって、酒舐め君の存在をばらしたのにはわけがある。彼の尽力で、またこうした会合が頻繁に開かれるようになることを目論んでいるのだ。

     風海

 

 

 

 

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ある講座

 先日、大阪市内某所にて行われた市民講座に行ってきた。聞く側ではなく、話をする側としてである。ぼくなんかを講師に呼ぶなんて、主催者はよほどどうかしているが、集まった人たちはみんなあちこちの講座を渡り歩いている、いわば講座グルメともいうべき人々であった。初めにあいさつしたとき、その視線は厳しかった。

 タイトルは、「歴史講座」で、ぼくは陰陽道とか道教のことなどをお話した。大体、ぼくは現在ボディーワークを専門にしていて、歴史についてお話しするような用意は全くなかったので、準備は非常に大変だった。

 そういうやっつけ的な拙い話でも、まあ真面目にしゃべっているとみなさん静かに聞いてくださり、そういう意味では学生相手に講義をするよりもやりやすかったと思う。
 五行に基づく時間空間モデルについて説明して、東が青で春、南が朱で夏、西が白で秋、と言ってから、この「白秋」というのが、詩人の北原白秋の名前の由来なんですよ、と言うと、「おおっ」と声が上がったが、こういうことは大学ではまず起こらない。

  ついでにいろいろな話をして、最後に肩こりの人は申し出てください、整体をしますから、というと一人申し込みがあり、十五分くらい施術した。その方は、「こんな講座は初めてだ」と言っていたけれど、そりゃそうだろう。講師が最後に参加者の肩をほぐしている図なんて、普通はない。

  しかしぼくとしては、最後に「専門」領域を見せることができたので、その点では満足であったのだ。

      風海

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