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オフ・ビートの時代

 先日、S市内某所で、上海万博などをプロデュースされた淀野隆氏、ファッションデザインの清水忠氏のお二方の講演を聞いた。

 そのお話の中で、淀野さんが言われた、現在は「オフ・ビートの時代である」という言葉に、感じるものがあった。オンあるいはオフ・ビートというのは、ジャズなどの用語らしく、どこに強調があるかということである。

 たとえばラッパで、「パッパッパッパラー」、という音を出すとき、オン・ビートでは、「パッ」パッ「パッパ」ラー、となる。前に強調が来るのである。それがオフ・ビートではパッ「パッ」パッ「パラー」となり、後ろに強調がある。ここから、溜めやじらしが生まれるわけで、派手さは出ないが、非常に粘りのある音楽が生まれる。

 現在はオフ・ビートの時代だというのは、たとえば一品しか出さない定食屋が繁盛したり、これまでの常識ではメジャーになれなかった人が人気を博したり、といった現状を分析してそう言われたのである。こういうことは、個々別々に、脈絡なく起こっているようであるが、そうと分かれば、オフ・ビートを前面に出して行ってもいいのではあるまいか。

 日本特有の「腰・腹文化」(齋藤孝『身体感覚を取り戻す』NHKブックス)などはさしずめ、オフ・ビートの代表ではあるまいか。腰が決まり、腹ができると、動きに溜めが生まれる。そこへドンと力が乗るので、筋力ではない別の体系の力強さが生まれるのである。

 運動系の分野でも、これまでのオン・ビートつまり筋力全盛時代は、もはや終わろうとしている。ということは、経済においても、「金力」の時代が終わろうとしているのではないか。震災以来、「復興」の二文字を掲げて挙国一致の体制ができつつあるが、完全に元へ戻すのはありていに言って不可能だろう。

 そうではなく、視点を切り替え、オフ・ビートに乗せて、溜めとじらしを利用しつつ、これまでとは違う価値、そして文化の創造がなされなくてはならないと思う。どういうものを作っていくべきなのかというヴィジョン、そこにこれからの復興の可能性がかかっている。

   風海

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