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祈り

 書くことは祈りである、とはジャルダン派のキャッチフレーズであった。

 祈るとは、神に何かを申し上げることである。では何を申すのか。何かして欲しい、こうなれかしなどといった個人の願望から鎮護国家に至るまで、大体要求ではないだろうか。一方で、神仏に何かをお願いしてはならない、といわれる。ただ感謝のみを捧げよと。

 それはたぶん正しいと思う。感謝だけにしておいた方が、後から請求書も来ないと思う。ラーメン屋の前で「ありがとう」とだけ言って、ラーメンを注文しなければ、請求はない。そのかわり、ラーメンも来ない。

 ラーメンは来なければ話にならないが、神仏への要求は、恐らく通らない方がいいのだろう。正確に言うと、通そうと思わない方がいい。合氣道でも、投げようと思ってはいけない、といわれる。仏前で座禅をしてもいいけれど、悟ろうと思ってはいけないといわれる。ただ淡々とその目標を望んで、それに心を止めず、何かをやっていると、それが自動的に成功している。その、自分が行ってなお自動的に成功するプロセスを、神仏のご加護というのだろう。

 いま、我々のキャッチフレーズに、若干の補足をしなくてはならない。書くことは祈りである、ゆえに「書こう」としてはならない。書けることに感謝しつつ、ただ、淡々と書く行為を積み重ねるだけでよい。それが翻って祈りになるのである。

     風海

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