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遠くを見るという方法

 坂本竜馬は、暇な頃ずっと海に出て水平線のかなたを見続けていたという。彼はそれが趣味で、さしたる理由もなくやっていたのだろうが、それが良かった。現在偉人としてある竜馬を作ったのは、この海を見るという「メディテーション」であった。

 Y先生によれば、遠くを見ると、無条件で氣がでて、そこまで届くようになるという。海というのは、「海容」という言葉もあるように、広くて深くて大きなものの象徴である。そういうところで何時間も遠くを見つめていれば、それはすごい人になるはずだ。

 過日、空味さんの友人のYさん宅(別荘)へお呼ばれした時にも感じたのだが、遠くのいい景色を見ていると実に雄大な気分になるものである。かつて支配者たちが山の上にお城を作ったのは、戦略上の要因とともに、このことが無意識的に知られていたからではないだろうか。

 太公望も、針の付いていない釣り糸を垂れて、ウキではなく雄大な河面を見ていたのが良かったのかもしれない。

 ともあれ、せせこましい町を出て、一時でも広く大きく美しい風景を見るという経験を、ぼくたちはするべきだと思う。

    風海

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