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志とビジョン

 吉田松陰のことばに、「志を立て、以て万事の源となす」というのがある。そう言われると、分かった気になるが、具体的に「志を立てる」とはどういうことだろうか。

 普通は、世の中のために役立つ人になりたいとか、偉い学者になりたいとか、企業を立ち上げて金持ちになるだとか、そういうビジョンのことを、「志」と言っているようである。

 しかし、幻視人として言わせてもらえば、「ビジョン」は見るものではなく、見えるものである。こういう風になりたいから、ああやって、こうやって、と段取りをつけたりするのは、普通「計画」といい、「志」とは言わない。「志」は、「心」「指し」で、気の方向性を言うのではないかと思う。

 どこへ、最も心のエネルギーを向けるか、ということであり、何に対して念を用いるかということである。念力というと、何か超能力的なものを思い浮かべるが、なにもエドガー・ケイシーなどの専売特許ではなく、誰でも持っている。ただ、その表れが強いか弱いかという違いだけであり、筋力や計算能力などに近いといえば近い。

 強いて言えば、覚悟だろうか。計画は一度にたくさんすることができる。世の中に役立つべく、企業を立ち上げ、学会にも寄与する研究をなし、傍ら小説を書いて、シンガーソングライターとしても活躍する、という「計画」を立てて、それに向けた努力をしてゆけばいい。やりたければ。

 それと、覚悟とは少し違う。禅家では「不退転」とよくいうが、一歩も下がれない背水の陣的な心持が、覚悟の基本構造である。そこから、志が生じてくるのである。それゆえ、青雲の志なんていうのはまだ甘い。青雲どまりでは、先がない。志は、須らく衝天の心意気で立てるべきであろう。突き抜けよう、というわけだ。

 そうやって、ハードルを自分で上げるから、ぼくはまだ志を立てていない。まずは、天地の果てまで気を送る練習からやっていこうと思う。

      風海

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