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2011年6月

知的好奇心

 知的好奇心の最たるものは、自らの内側へと向かう。外界の事象は膨大であるといえども、有限である。しかるに、自らの心の内は、無限の宇宙が広がっている。夏目漱石の『三四郎』冒頭部分にも、「偉大なる暗闇」廣田先生のことばとして、「頭の中は何よりも広い」という意味のことが書かれていたように記憶している。

 世にいう自分探しというのは、その名を借りた世界旅行でしかない。そこで得られるのは、幾人かの友人と、旅行心得くらいのものであろう。では、どういう具合に自らの内へ沈潜するのか。

 なにかを、身体を媒介として極める、ということを思いつけばいいのである。絵でも文章でもいいし、スポーツや武道、舞踊、ヨガなど、天地あるいは宇宙、または神霊との交流によって進歩する何かである。

 むろん、極めるというのは言葉のあやで、極めたと思った先には新しい宇宙が始まっているのがふつうである。そこで、また一から歩みを始める。その繰り返しがいいのだと思う。それを、川上不白は「守・破・離」といった。また千利休は「稽古とは一より習い十を知り、十よりかえるもとのその一」といった。

 初めの「一」と十より帰ってきた「一」では、「一」具合が違っているのである。どのように違うかは、その分野や達成度によって異なるが、一の味わいが明らかに違ってきていることを実感すると、また進んでいって一へ帰りたくなるのである。

 次に帰ってきたときの一は、どのような相貌を見せ、どのような味わいをもたらすのだろうか。そこへ遥かにあこがれるのが、知的好奇心の最たるものだとぼくは思う。

     風海

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汗をかきに来ているのではない

 道場の帰りに、I先生と一緒になり、道々どのような稽古が望ましいかということを話しあった。ぼくが習っているのは合氣道であるから、やはり氣というものが問題になる。氣の交流、導き、といったことを技の効きと言う観点から妥協なしに稽古するためには、たんに動くだけでは不十分である。

 I先生は、汗をかきに来ているわけじゃあないからね、と言われた。まあ、それも大事なんだけど。でもきちんとした稽古をしなくては、身につくものが違ってくる。

 道場にはいろいろな人がいて、確かに妥協なしに稽古をする人も多い。しかし、ぼくの感覚で、今自分が求めている「達成」に焦点を合わせている人は少ない。たんに強くなるとか、健康になると言うにとどまらず、ある種の次元転換をぼくは考えている。

 技がうまいとかということとは違う。そういう、評価や測定の次元を超え、つきぬけた、としか言いようのない状態である。そこでは、すべての相対的な価値観が無効化されるはずである。

 はずである、というのは、まだ自分がそこへ至っていないから、明言できないのだ。そして、こういう人一倍高い(あるいはズレた)目標を立ててしまったために、かなりの「壁」につき当らざるを得なくなっている。しかし、壁があるということはありがたいことだ。

 少なくとも、考えさせられるからである。おもえば、考えるという脳を中心とする身体運動がぼくは好きであった。知的好奇心が、これまで色々なところへ連れて行ってくれた。だから、つい考えてしまう。「考察」だけなら、ぼくは奥義を会得している。でも、氣を中心とした身体運動は、そういう次元では到達不可能である。その困難さが、また知的な感興を呼ぶのだろう。

 合氣道への興味は、身体運動とかスポーツ性とか、武道的な技術とかではなく、氣というものを中心とした、ひとつの人間の在り方への知的好奇心に支えられているのである。

    風海

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久々に

 今日久々にハンドルネーム・ヒサ氏と会い、S市内某所にある行きつけのカレー屋へ行った。以前はよく行く界隈だったが、引っ越し以来足が遠のき、週一回、ある仕事のために行くほかは全く足を踏み入れていなかったが、今日久方ぶりで出かけて行ったのだった。

 そこのカレーはインド、スリランカ風で実にうまい。ヴィリエ・ド・コジャパヌ先生によると、そこは別格で、うまいカレーやランキングでどこが「一位」になっても、常にその上に君臨する味だそうだ。メニューは基本的にチキンカレーしかなく、変化をつけたければ、チキンを抜いてもらうくらいしかできない。本当に一つの味を守りぬいている職人の技という感じである。

 少し気になったのは、店主の伊志嶺さん(仮名)が、今日少し元気がなかったことである。いつものような気が出ていなくて、何となくだるそうであった。急に暑くなったし湿気も多いので、体調を崩しやすい昨今ではある。ぼくの思いすごしならそれでいいのだが、どこか具合が悪いのだったら、早く良くなっていただきたいものである。

 因みにハンドルネーム・ヒサ氏とは、どんな質問が一番いいかというような話をした。結論は、辞書や書物で調べなくても、すぐに応対ができ、お互いにかつてない高い次元の気づきを得られるような、抽象度の高い質問がいいということであった。
 細分化された専門知識を必要とする質問は、一見程度が高そうだが、そんなものは自分で調べればよく、わざわざ人に訊くまでもないことが多い(たとえば、アレキサンダー大王の行軍経路はどうだったのか、など)。

 これは学問の基本ではないだろうか。なんとなれば、論文の使命は、うまい問いを立て得た時点で、半ば終わっていると言っても過言ではないからである。

     風海

 

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アヴァン・ゲール

 第二次世界大戦後の代表的な風俗に、アプレ・ゲールというのがある。文字通り戦後という意味で、戦後世代の開放感に満ちた、やや放埓な風俗を評してこう言われた。この言葉を初めて使ったのは、第一次戦後派である中村真一郎たちであった。加藤周一、福永武彦たちとともに、「アプレ・ゲール叢書」というのを創刊し、毎月意欲的な評論や前衛小説を発表していった。

 そこから、アプレ・ゲールという言葉だけが独り歩きしはじめ、ついには「アプレ」とつづまって放恣な性生活を送る男女の意味にもなり、あまり芳しい言葉ではなくなってしまった。しかし、今回はそういう話ではない。

 その第二次大戦が終結して、今年で76年である。もしかしたら、そろそろ次の戦争があるかもしれない。現に、アメリカは中越戦争をにらんで、沖縄から基地を南下させ始めた。一緒に仕事をしているYUED先生(仮名)は、中越戦争は近々絶対に起こると予言している。

 だから、現在は「もはや戦後ではな」く、「今や戦前」なのかもしれない。いわば、アヴァン・ゲールである。YUED先生は、菅直人に限らず、そういうリベラルな政治家が首相になると、必ず大災害か戦争が起こっていると言われる。関東大震災→第一次世界大戦など、伊勢湾台風→朝鮮戦争、湾岸戦争→阪神淡路大震災、などである。

 これから日本がどこへ向かうのかは分からない。しかし、枝野氏の家族が、シンガポールへ引き移ったことなど、既にネズミが逃げ出し始めた沈没船の様相を呈している。
 もし「アヴァン・ゲール叢書」を創刊するなら、いったいどのような作品を載せたらいいのであろうか。

     風海

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ホットスポット

 パワースポット、というものがある。ぼくはよく知らなかったのだが、何某の神社や巨石、樹齢何百年という大樹のあるところなど、ある種のパワーが満ちているとみなされる場所を、そう呼ぶのである。そして、そういうところを訪れるのが人気なのだという。

 たしかに、神社やお寺など場所によっては極めて清浄な氣の満ちているところがある。また木や石の発するエネルギーというのも、分かる人には分かるだろう。そうして、そのような場所にいると、身体や精神が感応して、高揚した気分になったり、爽快な感じがしたりするものだ。リフレッシュ効果である。

 しかし、そういう場に行って、何か自分の個人的な願い事をしたり、そこに流れる清浄な氣を全部吸い取って帰ろうとする人がいて、そういう行為が場を汚してしまう。ご利益があるといわれる神社に、どことなく暗い澱みがあるのは、そういう汚れが浄化され切っていないうちにまた人が来るためなのだろう。

 ところで、最近ホットスポットなるものが紹介された。放射能の濃度が局地的に高いところで、何でもない街角などにぽっかりと口を開いているのだという。何か個人的な願い事があるなら、そういうところへ行って念力をかけたらどうだろうか。自分が他人に代わって放射能を吸い取る代わりに、願い事をかなえてもらうのだ。

 ゲルマニウムなどの放射性物質をあてて行なう健康法があるが、もしかしたらホットスポットへ行くとそれと同じような効果があるかもしれない。ネズミに放射能を当て続けて「訓練」しておくと、それよりも高濃度の放射能にさらされたとき、ぴんぴんしていたという実験があるらしい。ホットスポットはそういう訓練にも使えるのではないだろうか。
 むろん確証はないが・・・。

   風海

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祖父の武勇伝

 最近テレビを見るという悪しき習慣に染まり、朝のNHK連続テレビ小説「おひさま」を、見るともなく見ている。昭和二十年、東京大空襲があり、近親者や知人などで出征し消息のわからないものも多い。そういう緊迫した時代状況の中、安曇野にて勇ましく生きてゆく女性教師の物語である。

 太陽の陽子ちゃんと呼ばれるヒロインが、戦争末期というとき、未だにふくよかなままなのはどうした訳だろう、というようないちゃもんはさておき、見ていると何となく懐かしいような気分になる。

 ぼくの祖父は、昭和十四年に赤紙が来て出征したから、足かけ六年戦地にいたが、途中病気になったりして上等兵以上には出世できなかった。復員してから勤めたいくつかの会社でも、まったく地位が上がらなかったようなので、軍隊での出世が滞ったのは、病気のせいだけではないだろうが、後年それが心残りだったと繰り返し言っていた。

 しかし、面白いことに軍隊というところは、長くいればいるほど偉いという裏の規則もあって、六年もいるとずいぶん後輩に先を越されるのだが、自分より兵役の短い伍長や尉官などから、先に敬礼を受けて「中村(仮名)上等兵殿」と恐縮されたそうである。

 祖父は大変気がやさしくて、身体も強くなく、荒くれたところがなかったが、その反面プライドが高くて激情的なところがあった。赤紙が来た時には「喜んで」出かけて行ったそうだし、初年兵のときにあんまり殴られるので、「ええいくそ、殺すなら殺せ」と居直って、古参兵をたじろがせたことがあった。

 終戦間際に中支にいたが、そこで「特別攻撃隊」の募集があった。特攻は、何も沖縄や知覧などばかりではなく、大陸の方でも行なわれていたのである。まず、夜陰にまぎれて大型の輸送機を飛ばし、敵の飛行場へ胴体着陸する。
 そうして、相手方の飛行機に「アンパン爆弾」というのを取り付け、時限発火で爆発するのを待ち受け、その物音に驚いて敵が出てきたところをチャンチャンバラバラに持ち込み、ひとしきり戦って死に切れなかったら最後は手榴弾で自殺する、という形で行われるのである。

 その隊員の募集があったとき、誰も志願しなかった。もう終戦間近であり、皆疲れ切って戦う気力を失っていたのだ。この特攻は、強制ではなく、志願者を募って行われるというものであった。そして誰も名乗りでなければ、隊長は自分ひとりでも作戦を遂行しなくてはならない。刻々と出撃のときは迫り、志願者は出ない。

 そういう状況で、隊長が困り果てているという話を聞き、ぼくの祖父は志願したそうである。階級も上がらないし、戦況もよろしくない。ここでパッと死んで靖国神社に祭られたら本望だ、と思ったのである。
 名乗り出ると、隊長は泣いて喜んだという。しかし、祖父が出撃することはなかった。その当日、待っても待っても輸送機が来ず、結局その作戦自体がお流れになったのである。

 後年、戦友会などで出会うと、隊長はやはり泣きながら、「中村、おりゃ、あん時は、本当に嬉しかった」と言って、祖父の肩をたたいたそうである。これが、祖父の唯一の武勇伝であった。

   風海

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祈り

 書くことは祈りである、とはジャルダン派のキャッチフレーズであった。

 祈るとは、神に何かを申し上げることである。では何を申すのか。何かして欲しい、こうなれかしなどといった個人の願望から鎮護国家に至るまで、大体要求ではないだろうか。一方で、神仏に何かをお願いしてはならない、といわれる。ただ感謝のみを捧げよと。

 それはたぶん正しいと思う。感謝だけにしておいた方が、後から請求書も来ないと思う。ラーメン屋の前で「ありがとう」とだけ言って、ラーメンを注文しなければ、請求はない。そのかわり、ラーメンも来ない。

 ラーメンは来なければ話にならないが、神仏への要求は、恐らく通らない方がいいのだろう。正確に言うと、通そうと思わない方がいい。合氣道でも、投げようと思ってはいけない、といわれる。仏前で座禅をしてもいいけれど、悟ろうと思ってはいけないといわれる。ただ淡々とその目標を望んで、それに心を止めず、何かをやっていると、それが自動的に成功している。その、自分が行ってなお自動的に成功するプロセスを、神仏のご加護というのだろう。

 いま、我々のキャッチフレーズに、若干の補足をしなくてはならない。書くことは祈りである、ゆえに「書こう」としてはならない。書けることに感謝しつつ、ただ、淡々と書く行為を積み重ねるだけでよい。それが翻って祈りになるのである。

     風海

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ヨガの効用

 疲れてぐったりしているときに、しばらくヨガをすると生き返る。ただし、空腹時に限る。腹いっぱいでこの手の運動はできないからである。本当は朝早くするのがいいのだが、夜でもやらないよりはいいと思う。

 最近は、夕方に一日の疲れがすぐに出てしまう。そして、食べ過ぎてしんどいことが多い。分かっていても食べてしまうので、具合が悪いのである。そうなると、ヨガをして疲れをとることができずに、そのままうたた寝ということになり、さらに具合がよろしくない。

 ヨガの効用を十全に引き出すためにも、やはり不節制は慎まなくてはならないと思う。

 ただそれだけであるが、戒めのために書いておいた。

  風海

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志とビジョン

 吉田松陰のことばに、「志を立て、以て万事の源となす」というのがある。そう言われると、分かった気になるが、具体的に「志を立てる」とはどういうことだろうか。

 普通は、世の中のために役立つ人になりたいとか、偉い学者になりたいとか、企業を立ち上げて金持ちになるだとか、そういうビジョンのことを、「志」と言っているようである。

 しかし、幻視人として言わせてもらえば、「ビジョン」は見るものではなく、見えるものである。こういう風になりたいから、ああやって、こうやって、と段取りをつけたりするのは、普通「計画」といい、「志」とは言わない。「志」は、「心」「指し」で、気の方向性を言うのではないかと思う。

 どこへ、最も心のエネルギーを向けるか、ということであり、何に対して念を用いるかということである。念力というと、何か超能力的なものを思い浮かべるが、なにもエドガー・ケイシーなどの専売特許ではなく、誰でも持っている。ただ、その表れが強いか弱いかという違いだけであり、筋力や計算能力などに近いといえば近い。

 強いて言えば、覚悟だろうか。計画は一度にたくさんすることができる。世の中に役立つべく、企業を立ち上げ、学会にも寄与する研究をなし、傍ら小説を書いて、シンガーソングライターとしても活躍する、という「計画」を立てて、それに向けた努力をしてゆけばいい。やりたければ。

 それと、覚悟とは少し違う。禅家では「不退転」とよくいうが、一歩も下がれない背水の陣的な心持が、覚悟の基本構造である。そこから、志が生じてくるのである。それゆえ、青雲の志なんていうのはまだ甘い。青雲どまりでは、先がない。志は、須らく衝天の心意気で立てるべきであろう。突き抜けよう、というわけだ。

 そうやって、ハードルを自分で上げるから、ぼくはまだ志を立てていない。まずは、天地の果てまで気を送る練習からやっていこうと思う。

      風海

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よしなしごと 其二

 適当なことを書こうと思って、「よしなしごと」というタイトルをつけてみた。しかし、よく考えてみると、ブログなんて大体よしなしごとで、仕事上の重要な案件や真剣な論文などを、こういうところで発表する人は少ないだろう。

 このブログを見ているのは限られた友人だけであり、そうでなければ間違って彷徨い入ってきた人だろうから、パブリックな文章という感覚は薄い。かといって本当に言いたい放題を書くのも気がひける。理想としては、平安朝に回し読みされていた、物語のような位置づけになればいいが、それほどの内容がないことは承知しているので、一人で物狂おしくなっていれば事足りることにしよう。

 ここで、ようやく先輩に言及出来る。「よしなしごと」を、「物狂おし」く書きつけたといえば、もうあの人しかいないだろう。吉田兼好さんである。『徒然草』は、平安朝の文学に傾倒した吉田兼好の趣味を反映して、擬古文的な文章で書かれているという。ということは、鎌倉時代のあの頃には、もうああいった格調の文章を書く人はいなかったということである。

 まあ、文章のことはさておく。『徒然草』には、木登り名人や、弓の名人といった学ぶべき人や、間違えて寺へ参り損ねた坊さん、犬を猫又と間違えて泡食った連歌の師匠など、愛すべき人のエピソード満載であるが、中には本当に「よしなしごと」が書かれている。

 第二十一段。「何某という世捨て人が『この世に何も未練はないけれど、ただ空がきれいだなあ、と思うと、この世が名残惜しくなる』と言っていた。まことに、そういう気がする」
 ・・・いや、空にかこつけて、何か絶対に隠している、と邪推したくなる。

 第九十六段。「めなもみ(天明精、やぶたばこ)という草がある。マムシに咬まれたとき、この草を揉んでつければ、すぐに良くなるという。見知っておこう」
 ・・・いわゆる豆知識だが、本当だろうか。マムシに咬まれて、メナモミつけたくらいで治るとはとても思えない。マムシにやられたら、すみやかに医者へ。

 第百二十七段。「改めたところで役に立たないものは、改めない方がむしろいい」
 ・・・賛成です。

    風海

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よしなしごと

 文章を書くという技術を衰えさせないために始めたこのページであったが、ワープロを直接打っているうちに結果的に文章が下手になってきたとは、以前書いた。本末転倒である。しかし、何が本で何が末かは、個人の感性が多いに関与するので、ぼくの気の持ちようにすぎないのかもしれない。

 以前、AS氏と一緒に「デンズ」で見たZAZ(ザーズ)のCDを買った話をかいた(実際に購入したのは後日であったが)。聴き始めた時には、そのテンポの良いメロディーに魅了されていたが、しばらく聴き続けているうちに、あのかすれ加減だが不思議に透き通った声の、哀愁の深さに驚嘆するようになった。

 ZAZはまだ二十代前半のはずである。若い。それだのに、あの悲しみというか憂いの含み方はどうしたものだろうか。歌っているうちに、自然とそれが引き出されてきたとすれば、それは、シャンソンというジャンルの奥深さなのだろう。

 ぼくはちなみに、奈良光枝さんのファンである。『青い山脈』『悲しき竹笛』『赤い靴のタンゴ』など、どれも名曲だが、奈良さんの明るい、家族歌謡的な歌声のたまものでもある。しかし、その一点の曇りもないはずの声を、何度も聴いているうちに、やはりある種のサウダーデといったものが含まれているのを感じ始めるだろう。

 それは、人の運命を歌いあげるという、ミューズに課せられた義務のようなものではあるまいか。ミューズたちは、これと決めた人々を導いて、神々のために人の運命を劇的に表現させるのである。形式はそれぞれで、絵画、歴史、天文、舞踏、叙事詩など多岐にわたる。ミューズたちに魅入られると、どんなにアホで明るいだけの人も、心に襞を生じ、ある哀愁を帯びてきはじめる。

 モーツァルトが、クリムトが、そしてエディット・ピアフがそうであった。ZAZの天与の声も、恐らくその類なのだろう。だが願わくは、ピアフの分も長生きをして、彼女に倍する曲を残さんことを……。

    風海

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「ラブ注入」のあやうさ

 お笑い芸人で整体師の楽しんごという人がいる。芸自体はあまり面白いと思ったことがないが、整体技術は本物らしく、やってもらうのに何カ月待ちという状態であると聞いた。その人が、ギャグとしてやっているパフォーマンスに、「ラブ注入」というのがある。まったく突然に脈絡もなく始まるので、その意味を把握するのは難しいが、整体技術と思えば、ある意味納得できる。

 つまり、「ラブ注入」とおもって、施術をするということである。ぼくも現在、整体系統のあるボディーワークを習っているが、そこでは「氣を送る」ということに主眼が置かれる。すると、あら不思議、「ラブ注入」状態に近づくのである。そこが困るのだ。

 「ラブ」が「注入」されるのだから、それは結構なことだと思われるかもしれない。しかし、もし注入されるのがラブだけでないとしたら、どうなるだろうか。あるいはラブに交じって、別のものも注入してしまうとしたら。

 普通に生きている人間は、どんなにいい人でも、ラブの塊ということはあり得ない。やはり様々な感情があるし、その日の体調気分によって、心理状態も変化する。ラブだけを選択的に送り込むことは、ほぼ不可能である。

 ところで、インドに女性の聖者アンマ(通称:本来お母ちゃんという意味)という人がいる。来る人来る人すべてを抱きしめるという「行」を行なっているらしい。ぼくは話を聞いただけだが、抱かれに行った人によれば、がばっと抱きしめられたときの感触は、「空」「無」とでも表現するしかないようなものであったという。

 抱きしめるというような、極度に間合いの近い、接触面の多い身体技法で、まったく何の感情も入れず、ただ淡々とその動きだけを繰り返すことができるというのは、ほとんど名人芸である。しかも、千人万人単位でそれを行なうというのだから、「聖者」といって誤らない。

 状況などは若干違うけれども、整体もそのようでなくてはならないと思う。氣を注入しようとか、治してやろうとか、相手を気にするとかしていると、それらの思いがすべて邪念となって相手に入り込んでしまう。そうなると、治療効果がゼロではないとしても、半減してしまうことは否めない。受ける方としても、よほど気をつけていないと、うっかり邪念の大量照射を浴びてしまい、どこかに不調が出てくるということもあるかもしれない。

 だから、なるべく自分をなくし、ただのパイプ役に徹せるかどうかが重要であろう。禅で言う「無」などは、およそこの部類である。無になりきった人がもしいれば、その人の傍へ寄るだけで、治療効果があるのではないかと思う。

     風海

 

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日々の修行

 修行をするというと、断食したり滝に打たれたり座禅を組んだりといった絵を思い浮かべがちであるが、そういうのは専門家が行う特殊なミッションである。だからといって、われわれは素人だから、修行をしなくてもいいかというと、そうはいかない。

 特殊な「行」をする必要はないけれども、修行自体は日々自動的に継続していると言って過言ではない。いいかえれば、それは日常生活である。禅家の方では、日常即修行、という概念がある。座っているだけが行ではないというのである。それゆえ、農作業をしたり、お掃除をしたり、といったことをするのである。

 しかし、禅の修行として、お寺に属して行うのは、むしろ「易行」であろう。在家のまま、日常を修行ととらえ、一瞬も緩めないという気構えを持つ方が、はるかにハードルが高い。

 ぼくは、感情のコントロールの話をしている。日常、さまざまな場所で、さまざまな人に接しなくてはならない。その際、相手が気に入らないことを言ったりしたりする可能性は非常に高く、その際に争う気持ちを起こしたり、気を受けてしまったりすると、そこで行はストップしてしまう。

 むろん、リセットしてやり直せばいいのだが、そういうことが積み重なると、だんだんストレスが高じてきて、行どころではない気分になる。そこを、どうやって本道に立ち戻すかが問題である。

 行をするのに「楽・静・長」というキーワードがある。楽にできて、静かであり、長く続く、ということで、自分の感情を抑えるために、バランスを保つというボディーワークをするとして、それが「楽・静・長」の域に達すれば、その行の効果は日常へ応用できるはずである。

 ちょっと分かりにくいけれども、備忘録的に記した。

  風海

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前世の因縁

 島田紳介司会の人気テレビ番組に出演している磯野某という女性タレントが、二十四も年の離れた青年と恋愛している、という話を聞いた。磯野さん47歳で、相手は23である。しかも、相手の男のほうから、一目惚れしたのであるという。周囲のタレントたちは皆一様に信じがたいという表情をしていたが、それが事実らしい。

 ぼくが気になるのは、その23歳の若者が、どういう精神および心理状態であるかということである。『イリアス』では、よく「いずれの神に頭を狂わされたか~」という表現が出てくるが、その某氏も、いずれかの神に頭を狂わされたとしか思われない。

 おそらく、前世からの因縁があったのであろう。前世の因縁とは、心の倉庫であり発動機である「阿頼耶識」に焚きしめられた「マインド」群で、それが「輪廻」の本体である。件の青年は、前の人生のどこかの段階で、強烈に何かを薫習してしまったのであろう。

 しかし、それは何も悪いことばかりではないのではあるまいか。若年にして天才を表す芸術家やスポーツ選手がいるものだが、彼らもおそらく、かつての強い薫習の結果が表に現れているのであろう。それがふとしたはずみで表に出る。すると、もう自分の力ではそれを変えることが難しくなってしまうのである。文章家や画家などが、しばしば「書(画)かざるを得ない」「自分以外の力に書(画)かされている」、という所以である。

 先日も、テレビで四、五歳くらいで「天才」と称される女の子の絵を見た。オーストラリア人で、アメリカで個展を開いたという。絵自体は、ぼくは好みでなく、家に飾ろうとは到底思わないようなものであったが、色彩感覚や構図などはすでに完成された芸術家の「風格」を感じた。幼稚園児がこのような絵を描くとは、まったくもって信じがたいが、これも前世の因縁であると思えば納得がいく。

 このように、前世の因縁(阿頼耶識の状態)には、いいことも悪いこともあるのだが、どちらかといえば、よろしくないことが多いようである。他人には何でもないことに対して、急に猛烈に腹が立つとか、ついよくないと思うことをしてしまうとか、といった個人的なものから、国や社会が良くない方向へ向かっているといった事柄などである。

 因縁で膨れ上がった阿頼耶識をスマート化することができれば、心と体、そして生活全般がシンプルで楽なものになるに違いない。

   風海

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遠くを見るという方法

 坂本竜馬は、暇な頃ずっと海に出て水平線のかなたを見続けていたという。彼はそれが趣味で、さしたる理由もなくやっていたのだろうが、それが良かった。現在偉人としてある竜馬を作ったのは、この海を見るという「メディテーション」であった。

 Y先生によれば、遠くを見ると、無条件で氣がでて、そこまで届くようになるという。海というのは、「海容」という言葉もあるように、広くて深くて大きなものの象徴である。そういうところで何時間も遠くを見つめていれば、それはすごい人になるはずだ。

 過日、空味さんの友人のYさん宅(別荘)へお呼ばれした時にも感じたのだが、遠くのいい景色を見ていると実に雄大な気分になるものである。かつて支配者たちが山の上にお城を作ったのは、戦略上の要因とともに、このことが無意識的に知られていたからではないだろうか。

 太公望も、針の付いていない釣り糸を垂れて、ウキではなく雄大な河面を見ていたのが良かったのかもしれない。

 ともあれ、せせこましい町を出て、一時でも広く大きく美しい風景を見るという経験を、ぼくたちはするべきだと思う。

    風海

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鉄棒の上を歩く

 このごろぼくは、安らいだ広い心の源泉は、バランスにあるのではないか、という仮説を立ててみた。そうして、バランスをとる練習を始めたのである(バランスの意義については、いつかまた言及したい)。

 柔術家のヒクソン・グレイシーさん(「400戦無敗」という有名なキャッチフレーズは、プロレスラーの佐山さんが勝手につけたものだそうである)が、鉄棒の上を歩いていた、という話をどこかで聞いたことがある。その時は、へーと言ったきり興味を持たなかったのだが、自分がバランスに関心を持ってみると、俄かにその話を思い出し、やってみようという気になった。

 幸い、マンションの自転車置き場に、格好の車止めがあった。地上三十センチくらいで、落ちても大丈夫だし、丸さが太いので、比較的楽に乗っていられる。とはいえ、丸い不安定なところに乗って、なおかつ歩くのは至難の技で、現在止まって安定する練習をしている。

 そうやって稽古をしていると、マンションの住人の方々がやってきて、時折ぎょっとした顔でこちらを見られることがある。「こんにちわ」と明るく声をかけるのだが、眼を合わせないように通り過ぎる人もいる。

 しかし、中には興味を持つ人もいて、あるおばさんは、皆まで説明する前に面白がり、自分から鉄棒に上って、「身近なところで練習できていいね」と言われた。

 こんなことばかりやっていると、「小人閑居為不善」と評されそうであるが、はたして不善であったかどうか、これからのちに判明するはずである。

    風海

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この世のかたち

 このところ、横山紘一さんを手掛かりにして、唯識に親しんでいる。この唯識というのは、ヨーガの実践者たちが提唱した仏教思想で、すべては識(心)のはたらきによる、と説いたものである。

 俗に「お前が死んでも富士山はある」という言い方があるが、唯識によれば、私が死ぬと富士山はなくなる。富士山は心を離れて存在しないからである。唯一絶対の客観として、心の外に存在するわけではないのだ。

 その考察が進むと、「自分」というものも、あらゆる縁によって出来上がっているもので、「実体」としてここに存在するわけではないことが分かってくる。それを、「非有非無」という。有るのでもなく無いのでもない。ただ、心のはたらきがあるだけであるという。

 世界の事物や現象も心を離れて存在しないということは、それらのものを存在すると思わせるだけの素因が心の中にあるということである。横山氏は、自分は芸術的才能がないと思っていたが、モナリザを見て美しいと思うということは、心にモナリザの美を感じる要素があったということで、心による再構成ができるのだから、自分も芸術家だと言っていいという。

 それは一見へ理屈のようだけれど、柳宗悦が指摘する、茶道における始祖たちの創造行為を考えればいい。茶祖たちは、何も自分で作ったわけではない。しかし、見たのである。見て、雑器のなかから美を取りだした。それは、自ら作り出すのに匹敵する創造である、と柳は言う。

 しかし、それらはあくまでも心のはたらきであり、唯一絶対の客観があると考えてはならない。主観どうしの戯れがあるばかりである。だから、科学的、学問的客観というのは、一つの信仰だということになる。心の外に自分を離れて唯一神を措定し、その視点に立つことを理想とする、ある宗教の教えをベースにした考え方にすぎない。

 ないものを恰もあるように言いくるめ、それに従わないと不利益を被るような気分にさせられる。ひとはそれに乗っかっているうちに、それが絶対の教えであると感じるようになり、自分と違う信仰をもつものを排斥し始める。オ○ム真○教とか、白衣で山中をさまよっていた人々などと似た心性である。

 ぼくは客観の奴隷にはなりたくない。己が主観の塊のくせに、客観的でないといけないような口吻で「折伏」にかかってくる人々は信用できない。というよりも、そのあまりのナイーブさに鼻白む思いがする。しかし、そう思うということは、実は「ぼくが悪い」のだ。

 この世のかたちは、どうでもいい、という暗号でコードされている。見えているものが醜いのは、ぼくの中に醜いものの原型があるのだ。世界がそうであるという責任は自己にある、ということの理由である。

 ぼくは心に科学的客観がすべてではない、という思いを勲習(焚きしめて)していこう。そうすれば、それを使って世界をほぼ支配してしまったあの宗教のくびきを脱するであろう。それはしかし、孤独な戦いになるだろう。仏教を研究している人々すら、あの宗教の教理に従ってやっているのだから、衆寡敵しない状況が続くであろう。まるで、映画『マトリックス』の世界のようだ。

 しかし、サングラスはいいとして、長いコート着て街を歩いていたら、これからの季節は暑くてかなわないだろう。

   風海

 

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何を、ではなく、どのように

 禅家の方では、日常生活が即修行である、と唱えている。実際に座禅を組むだけでなく、行住坐臥すべての行動を「修行」というスキームで創造的に生きていこう、というのが禅の思想なのであろう。

 そうすれば、確かに無駄はない。座禅だけなら、座れるのは一日数時間だけだろう。それなら、一日中生活そのものが修行ととらえ、二十四時間を使った方が、はるかに効率的だ。はやりのレバレッジ時間術などとは、大違いで、座ることなく「座禅」をする時間を二十四時間確保するための、発想の転換である。

 禅では、あまり煩悩がわいては困るというので、酒はもちろん、ニラやニンニク、ネギなど、強壮効果のあるものは摂取しない。この点にはぼくは異論があって、強壮効果があるものは、逆に胃腸へ負担をかけるので、体をいたわる意味から摂取を制限しているのだと思う。

 そのことに関して、現在健康ブームで、各地に玄米や野菜料理の店ができ、白米を五十円プラスで十六穀米に変えるなどのサービスを行なっているところもある。それは実に結構なことである。ぼくも、日常玄米を食べ、肉中心よりも野菜の方が性に合っている。

 しかし、安易な健康志向には、やはり違和感がある。野菜を食べればいいんでしょ、というので食べるのは、「自分の健康」だけを考えたやり方で、そこには「縁起」という視点が抜けている。縁起とはつまるところ関係性であり、さまざまな相互依存関係の網目のなかに自分がいるという自覚である。

 要は、「何を」食べるか、ではなく、「どのように」食べるかだ。ただ漫然と、身体に良いものを食べるよりも、少々?マーク付きであっても、感謝して食べる方が、よほど滋養になりそうである。また、感謝とは、そのこと自体が目的なのであり、感謝する機会が多ければ多いほどいい。

 何を食べるにしても、常に感謝して食べれば、それがそのまま行になる。しかし、食事などはまだいいが、例えばガムなどを口にするとき、何も考えずにポンと口に入れてしまったりする。そして、後でしまったと思うのだ。感謝をするという練習は、誰でも出来る簡単なものに見えて、実はかなり奥深いのだと思う。

 分かっていても、その場になると、ひょいと念頭を去ってしまうのだ。常に、強烈に感謝の念を持ち続けていないと、ガムに感謝をする機会は来ない。しかし、ぼくは今日も、何回ミスをしたか知れないのである。

     風海

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手の記憶

 ぼくはこれまで、必ず手書き原稿を作ってからでないと、ワープロを使うことができなかった。しかし、諸般の事情で直に打ち込むことをし始め、それに慣れてくると、案外文章を書くことができるようになってきた。文体も、それほどおかしなものではないと思う。

 しかし、文章家としての体力は、徐々に落ち始めているようである。最近頓にそれを実感し始めた。まず、言葉に詰まりだした。適切な措辞が出てこないことがあり、また言い回しもいい加減で考えることを中止している。

 一番大きな変化は、書いた文章を覚えていないという点である。これまで、いやしくも誰かに供覧するための文章を書いた場合、書きつつあるうちからある独特の集中が起こり、書き終わってからも、書いた内容をほとんど全文記憶していて、道を歩きながらなど、「あそこはこう書けばよかった」などと推敲することがよくあったのだ。

 ところが最近、こまめにこのブログ記事を更新していながら、まったく推敲していないということに気づいて愕然とした。推敲が始まろうにも、自分で書いた文章を覚えていないのだから仕方がない。

 様々な異論(年のせい、勉強不足による脳機能の低下など)はあると思うが、絶対にこれはワープロのせいである。これまで手で書いていたときには、手が記憶していたのである。それが、文字を打ち始めてから、手が記憶しなくなった。やはり、脳だけでは足りないのである。おそらく、脳は中枢でありまたモニターではあるが、そこから何かを「生み出す」ための器官ではなく、創造行為はそれぞれの特殊な身体部位にゆだねられているのではないだろうか。

 歩くことは脚が記憶し、投げることは腕肩が、そして工作や書くことは手が中心となって脳を制御して利用し、必要な電気信号だけを送らせているのである。コンピュータは脳のメタファーであり、人はモニターをモニターに映して、何かをしていると錯覚しているだけなのである。脳自体は何も生み出さない。だから、文章は手で書かなくてはならないのである。

    風海

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ものすごいひと 其の三

 おれの師匠は、若い時から禅をやりこんだが、禅にかぶれて坊さん臭くなるようなことはなかった。やはり若い時分、禅の本を読んで、「言うことが禅坊主のようだ」と言われたぼくなどとは大分出来が違う。

 ある時、なにがしという居士がやってきて、『臨済録』の提唱をしてくれという。提唱なら、円覚寺の洪川和尚がいいだろう、と辞退すると、是非にとしつこく迫ってくる。それじゃあ、というので、道場へ案内し、自分は道着に着替えて、門人とひとしきり撃剣の稽古をした。それが終わって居士を振り返り、「どうです、私の『臨済録』提唱は」とたずねた。

 居士は、山岡が稽古をして元気をつけてから提唱を始めると思っていたので、まごついて返事ができなかった。すると、師匠は声を励まして、
「おれは剣術が好きだから、剣で提唱をしたのだ。坊主のまねをして、禅書の講釈なんぞまっぴらだ。君は長く参禅しているようだが、臨済録を書物と心得ているような参禅のし方ぢゃ死ぬまでやったって道楽半分の骨董禅だ。もっと活かして使わなけりゃ、いくら座禅したってなんにもならぬ」
 と、諭したという。居士は赤面して立ち去った。

「もっと活かして使わなけりゃ、なんにもならぬ」
 とは、重い言葉ではないか。ぼくもこの言葉に、内心の動揺を禁じえなかった。自分に何ができるのかは、まだよくわからないけれど、なんにせよ、もっと活かして使えることをしよう、と思ったのである。

 ところで、最近気に入って愛読している唯識学者の横山紘一という人が書いた『十牛図入門』(幻冬舎新書、2008)を読んでいると、横山氏は若いころ一九会へ修行に行っており、日野鉄叟先生が、「風は息、虚空は心、日は眼(まなこ)、海山かけて我が身なりけり」(『禅林世語集』)という歌を吟じられるのを毎回聞いたという。なにかご縁のようなものを感じる。

   風海

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