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ものすごいひと 其の二

 このところ、ずっと小倉鉄樹『おれの師匠』を読んでいる。
 読んでいると段々山岡さんが身近に思えてきて、関係ないはずの自分までその門下に入っているかのような気がしてくるから不思議である。

 彰義隊が東叡山上野の寛永寺にたてこもって、乱暴狼藉の限りを尽くすから、新政府側が討伐軍を差し向けた。山岡鉄舟は騒ぎをおさめて隊を解散させ、何とか戦闘を回避しようと躍起になっていたが、隊長がだれかも分からないようなありさまで、鎮静のしようがなかったのである。

 新政府軍がやってくる前のこと、山岡が反動的な人間だというので、彰義隊側が、山岡邸を夜襲をかけようとしている、という情報が入った。鉄舟は、門人を集めて、安全なところへ逃げるようにと言ったが、一人が逃げ出したほかあとはだれも従わず、屋敷の扉を開放して宴会となった。来るなら来てみろ、というデモンストレーションである。

 ところが、彰義隊がいざ襲撃しようとしているところへ、たまたま行きあった長谷川という人物が山岡の人格とその骨折りを伝え、襲撃を戒めたので、隊士の面々は気勢をそがれて上野へ帰って行ったのだという。

 山岡がたでは、待っても待ってもだれも来ないので、そのうちに夜が明けた。鉄舟がまず目を覚まし、あたりを見ると、門人たちは鍋をかぶったり、まな板を胴に巻いたりして寝ていたという。決死の覚悟をした門人たちであったが、いざその時になるとなかなか平気ではいられなかったのだろう、と、鉄舟は笑って話したと言うが、ポイントはそこだろうか。

 夜襲と聞いて、丸腰で寝ていたらしい鉄舟の豪胆はいまさら言うまでもないことだが、門人たちにしても、鍋こそかぶっていたとはいえ、「眠っていた」というのだから、よほどの胆力ではあるまいか。いつ襲撃されるか分からないという状態では、気になって絶対に眠れないと思う。たぶん、ぼくだったら、鍋をかぶって起きていただろう。

 いや、運よく門人の列に加わっていたとしても、師匠に逃げてよい、といわれて逃げ出したという一人は、恐らくぼくだったに違いない。

  風海

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