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春の椿事

 このごろ少し変である。
 山口つとむ君が、ではない。

 なにがどう、とはっきり言えるわけではないが、強いて言うならばこの空間の具合がである。感じ始めたのは、あの震災以来だと思う。まあ、あれほどの災害があったのだから、「何か変」どころではないのかもしれない。それにしても、この春の空間組成というか宇宙の肌合いは、なじみが薄い感じなのだ。

 私事にわたるが、ぼくはぎっくり腰に続いて風邪をひいてしまった。先日高野山へ行った折、山上がやけに寒く、奥の院の墓地で、お江さんのお墓に詣でた際、前の石の鳥居をくぐって高野山最大という五輪塔を見上げた瞬間、肩甲骨の間に何かの感じを覚えたのだ。

 この感覚は、数年前、友人と川遊びをしていて感じた感覚にそっくりで、その時翌日にひどい風邪をひいたから、今回ももしやと覚悟していたら、案の定引き込んでしまったのである。

 ぼくは風邪をひいてもあまり熱が出ることはなく、これまで38度5分くらいが最高であったが、今回に限って39度を超え、しかもそれが丸二日続くという、自分のなかでは「未曾有」の寝込み方をしてしまった。

 本当は、だからどう、と、ここで簡単に丸めてしまってはよくないのかもしれない。とはいえ、こういう事例を幾度か体験していると、どうもこの春の肌合いはいつもと違う、と考えざるを得ないのだ。とはいえ、ぼくは「困った話」を書いているわけではない。そうではなく、この春の椿事をどう解釈するか、という回答案を書こうとしているのである。

 ぼくは今こそ物事をプラスに解釈する「言語論的転回力」を試される時ではないか、と感じる。だから、これこれの目にあった、と書いているということは、これからその「反転」がおこって、そこでマイナスに流れただけの同じパワーで、プラスの事象がおこるのだ、ということを主張しているということである。

 最近、「言霊」が現実化してきている。今のこの状況をうまく使って、楽しくて素敵な「現実」を創造していこうと思う。ぼくはこのごろ頓に、そういうことをする人こそが、真のクリエイターなのだと思うようになってきた。

          風海

 

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