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十二月十四日

テレビがデジタル放送になることで、消えてしまうものがある。
子どもの頃から眼にしていた時報だ。
何でも、地上デジタル放送では、放送局が映像や音声情報を一旦圧縮して発信し、それを家庭のテレビ受像機で元に戻して映し出すため、送信から受信までに数秒かかり、それが画面上の時刻のズレとなるからだという。
もっとも、我が家のテレビは未だアナログなので、このままだとテレビ自体見れなくなるのだけれど。

「ポッ ポッ ポッ ポーン」で、時計の針を合わせるのが便利だった。数秒のズレを気にせずにはいられないのが現代社会だが、不定時法だった明治以前の人からみれば、まったく可笑しな話だ。
時を決めていたのは、時報ではなく、お天道様である。
今は、日本全国一斉に「ポーン」で正午を刻まなければならないが、日の出・日の入りを元にした不定時法では、地域によっても時は違う。

ところで、今日は赤穂の浪士が本所の吉良邸に討ち入った十二月十四日。先日聞いた落語では、吉良を討ったのは明け方だから、正確には十二月十五日だ、とのネタであったが、それは時報にならされた現代の感覚ではないだろうか。
江戸時代には、午前零時にあたる子の刻で日付が変わったと認識されたのか、ハタマタお日さまが出たのをもって日が改まったと認識されたのか?
後者のような気がするが、除夜の鐘は夜中に打つものねぇ。

「討ち入り」「除夜の鐘」と、師走らしい話題が出たところで今日はお開きにして、現代の日付が変わるまでに今日のお題をアップします。

ポッ ポッ ポッ ポーンっと。

 空味

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コメント

テレビ放送が数秒ずれるのは、技術的な問題による、という説明を受け入れていてはいけません。少なくとも無反省に。アメリカではやっぱり数秒遅れて放送がなされていますが、これは映ってはいけないもの、例えば@@@の×××やテロリストによる電波ジャック放送などに、すぐさま対応ができるようにするための、検閲措置なのだそうです。日本でも、デジタル放送をきっかけに、これをやろうという動きなのではないでしょうか。

投稿: 宇則斎 | 2010年12月15日 (水) 20時47分

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