« 2010年11月 | トップページ | 2011年1月 »

2010年12月

百八の煩悩 ブログ第108話に寄せて

今日は大晦日。
除夜に撞く百八の鐘は人間の煩悩の数とも、一年を表す十二ヶ月、二十四節気、七十二候の総数とも言われています。
煩悩の解釈は難しいですが、他人の評価を気にしすぎる私の「業」に引き付けて言えば、周囲の価値判断に囚われすぎないことが煩悩を払うことになるのでしょうか。
ヨガで自分を客観視できるようになるのが取り急ぎの目標です。

さて、来年は是非とも改めたい「悪業」に、朝寝坊があります。特に寒い冬は布団から出られず、二度寝、三度寝となることも度々です。こんなんではダメだと、早起き推奨本を購入して読んでみると早起きしてホテルで朝食を食べながらの勉強会とか、早起きのためのグッズが紹介されていて、なかなか魅力的なのです。
なかでも「スリープトラッカー」という目覚まし腕時計は、使用者の睡眠サイクルを計測し、浅い眠りをキャッチしてアラームが鳴る仕組みで、スッキリ目覚められるのだとか。
欲しいなあと思ってWebで検索してみるとなんと二万円前後(泣)。

考えてみれば、ホテルの朝食や高性能腕時計は「煩悩」そのもの。「悪業」を改めるのに「煩悩」を以ってしても根本的な解決には至りません。また、早起きにしても、早起き自体が目標なのではなくて、何のために早起きするのかが重要なはずです。

結局のところ私の悪業は、自分の人生に腹をくくって挑んでないことなのかも知れません。今夜は鐘を聞きながら、新しい挑戦に思いを巡らせてみます。

    空味

Kane

梵鐘

Kijibato

吹雪の中のキジバト

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

ヨガ体験レッスン

 西宮北口駅前にある「ヨガスタジオ チャンドラ」というところへ、ヨガの体験レッスンを受けに行った。フルイチ先生という、四十代半ばのはずだが、どう見ても三十代前半くらいにしか見えないNHK「お母さんといっしょ」に出てくる歌の、あるいは体操のお兄さんのような先生が担当された。

 ここのコンセプトは、「ヨーガ療法」といって、本場の行者さんが行っているような、自分で行う加圧トレーニングを中心に、ポーズの正確さやストレッチ効果ではなく、大脳視床下部を緩めて、セロトニン、メラトニンといった体内物質の分泌を促して、身体を内部からリラックスさせるということであった。

 ぼくはいままで、ポーズは正確にやって、そこから得られるストレッチ効果や筋力トレーニング効果といったものを目的に行うのが正しいと思っていたのだが、どうやらそれは邪道であるらしい。というか、真のリラクセーションには必要ないものらしいのである。

 始まると、先生がゆったりした、静かな、リズムの良い口調で、ずっと指示を出し続ける。または、体に対する効果や、心の安定の秘訣、さらには自分が奥さんとどういうやりとりをしたか(インドに研修に行くのにお金を使い、徳島へ学会参加しに行くのにお金を使い、とうとう奥さんから生活費がなくなったと苦情を言われたので、「心を静めて対応しよう」とされたとのこと。お金をどう調達するか、ではなく、自分の心を調整する方に氣を使うあたりに、プロ意識を感じた)まで、ずっとしゃべり続けていた。

 この、みんなに向かって語りかけ続けるというのは、フェルデンクライスを受けた時にもそうだったが、聴いているうちにだんだん瞑想状態になってきて、リラックスしますといわれると、本当にそうなるのである。ある意味洗脳と紙一重の技術であるが、先生からは実に細やかで優しい氣が感じられ、この声を聞きながらヨガをするというのは、本当に贅沢で愉しいことだと思わせるだけのものがあった。

 比べるのは筋違いかもしれないが、合氣道の先生でも、あれほどやわらかで優しい氣を常に出し続けている人はまれである。合氣道は武道だから、どうしても強い氣になってしまうのかもしれないが、自分が合氣道を続けて、もし指導者になるのならば、フルイチ先生のような氣を出せるようになっておきたいものだと思う。

 一時間半のレッスンが終わって、ふと身体に意識を向けると、合氣道で受け身をしまくったあとよりも、確実に緩んで爽快になっていた。これはある意味で、とてつもない経験である。合氣道も、本来こうあるべきだと思うので、このときの身体の状態に近付けるように、稽古したいものである。

       風海

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

腹も身の内

 久々に西宮にある大型商業施設を訪れ、ビュッフェ形式のレストランで食事をした。いわゆる「バイキング」で、取りホーダイというやつである(かなり昔、ト●コ大使館から「●ルコ風呂」の呼称を使うのをやめてくれというクレームが来て、現在の名称になったように、「バイキング」というのも、ノルウェイとかデンマークとかから苦情が来ないのだろうか)。

 この店には、十月にも一度行っていて、その時かなり食べ過ぎて苦しくなったのを覚えている。今日はだから控えめにしておこうと思ったのに、気がつくとすでにかなりの分量を食べてしまっていた。

 いろいろな料理が並んでいるので、少しずつでも取っていると、自動的に相当量になってしまうのである。とくにぼくはいやしいのか、未知の食べ物を見つけると、食べてみたくて仕方がなくなる。最近は肉や油ものは控えているが、それでも皿に盛ってあると食べたくなる。

 今日は、大失敗だった。未知の料理にはそれほど手を伸ばさなかったのに、旨いからといって、バラずしを取り過ぎたのだ。口当たりがいいものだから、よく噛まなかったのもいけなかった。

 帰る頃には胃の上部に鉛を溶かしこんだような感覚があり、頭が朦朧とするほどに気分が悪くなっていて、電車でも座るためにわざわざ次発の普通列車に乗ったほどである。そして、帰りついて布団に倒れこみ、二、三時間うなり続けた。

 仰向けに寝ても横を向いても気分が落ち着かず、結局編み出したのが、正座をしてうつ伏せになることであった。この格好は、実に三跪九叩頭の礼の格好(またはアッラーに祈る格好)である。腹も身の内、食べ過ぎるという形で自分の体も食べ物をも粗末にしてしまったことに対して陳謝する格好を自然にとっていたのである。

 そうしていると、三十分くらいして、足はしびれたが腹は治った。

     風海

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

初雪

今日は西宮でも雪が降りました。
寒い~。
そんな粉雪が舞うなか、平地トレーニングで約6キロを歩きました。
今日は格別ですが、普段のウォーキングでも耳が寒いんですよね。
そこで、ニットの帽子を購入しました。

Hatsuyuki

(注:写真は夏の帽子)
秋から忙しくて山に行けなかったので、
年が明けたらこの帽子をかぶって山歩きを再開したいと思います。

  空味

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

フィールドワークとその結果

 昨日、シマノフ夫妻と雑貨屋研究のため、中崎町でフィールドワークをした。化粧用の「熊野筆」を中心に、キティちゃんのポーチなどを置いている筆屋さんや、「にじゆら」というブランドの注染の手ぬぐいを売っている店や、背後のレバーを操作するとパンチを繰り出す動物の形のボールペンやカエルの形のレーザーポインターなどを売っているエスニックの服飾店や、日用品を中心にガーデニング用品までそろえたマルチな雑貨屋など、数軒を見て回り、三人の意見が一致したのは、

 客商売は、接客が好きでなくては務まらない。

 という点であった。動物ボクサーのボールペンを売っていた店のおっちゃんは、仕入れに行った話など、とにかくよくしゃべった。客と話をするのがよほど好きなのだろう。「にじゆら」の店長は、活舌が悪いですから、といいながら、きめ細やかにいろいろ解説をしてくれた。こういう形で、人と接するのが好きな人が、お店をやるんだな、と今更ながら深く納得したものだった。

 で、自分はそれができるだろうか。

 と自問してみると、どうも怪しいという感じがしてきて、雑貨屋主人計画、早くも頓挫の兆しが見えたが、ものは考えようである。雑貨屋のプロデュースをすればいいのだ。毎日自分で店に立たなくても、アイディアを出せばいい。繁盛すれば、バイトの方に店番を代わってもらえるし、等と都合のよい勝手読みをしているが、大切なのはヴィジョンであり、ヴィジョンとは念の力であり、一念巌をも通すのである。

 というわけで、すべての事象を宇宙の文化と捉え、総合的に研究するという名目の「宇宙文化研究所」にならって、構想中の雑貨屋は、

「悠楽之舎」(=ゆうらしや)

と名付けてみた。意味は字面の印象に「ユーラシア」がかけてある。ユーラシアまで広げれば、相当な範囲が網羅できるだろう。少なくとも、日本からヨーロッパまでの範囲は確保できる。また、この名は「萩の舎」(はぎのや)とか「曾我廼屋」といった塾とか何かの屋号にも通じるので、他のことをするのにも好都合である。

 某友人からは、各国の酒器を並べてはどうか、とご提案いただいた。おそらくそれにかこつけて利き酒大会をしよう、という謎かけだろう。酒を出す雑貨屋というのは前代未聞だが、カフェ併設を討論したとき、シマノフが奥方に、「しんどいのはぼくなんだから、カフェはダメ」と言っていたので、酒などはもってのほかと言われるかも知れない。ただし、資金が沢山あって、ロマネ・コンティやムートン・ロトシルトやシャトー・ドワジデーヌやをそろえることができれば、彼も翻意するかもしれない。

       風海

PS:仮名子さん、カンガルーのボクシングボールペンありがとうございました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

アドベントの楽しみ

僧坊に住む子どもの元にも、クリスマスにはサンタクロースがやって来た。
その頃はクリスマスの宗教的な意味も分からず、家に煙突がないのを心配したり、うちには24日の夜に来るサンタが、同級生のY君ちには25日の夜に来ると聞いて、不思議に思ったりしながら、その日を心待ちにしていた。

そんな寺娘が、カトリックの女子高に進学し、修道院のシスターがお世話してくださる女子寮で生活を送ることになった。
クリスマス前には、アドベントのキャンドルに火を灯して聖歌を歌い、シスターお手製のクッキーを頬張る――と、過去となった今では、夢のようなイメージだけが残っている。
この寮のクリスマスイベントに、シークレット・パートナー、略してSP(シーパー)というものがあった。
待降節の期間中、愛神愛隣の精神でもって他人に優しくするというのが主眼で、くじ引きで決まった相手に、一日一つ、何かよいことをするというものだ。
具体的には、靴を磨いてあげたり、机の上に小さな贈り物をこっそり置いたりといったことを匿名で実行するのである。また反対に、自分も誰だかわからぬSPさんから「今日は寒かったですね」とか「いつもよく頑張っていますね」とか、温かい手紙をもらったりした。

パートナーが学校から帰る前や、お風呂に入っている間にこっそりと実行するのがスリリングで、また、自分のパートナーからは、今日はどんなサプライズがあるのかと想像するのが楽しかった。
SPが明かされるのは、クリスマス会である。自分に親切にしてくれたパートナーを言い当て、500円程度のプレゼントを受け取るという仕掛けになっており、クリスマス会の山場となっていた。

さて、このSPが私たち寮生の知らないところで、ちょっとした騒ぎを起こすことになる。
О先輩の御母堂が、先輩の所持品のなかにSPからの手紙を見つけた。そこに書かれた心温まるメッセージを読み、自分の娘は女ばかりの寮で、誰かとよからぬ関係になっているのではないかとご心配され、うちの母に電話で相談してきたのである。
母がいつになく口ごもりながら「寮にSPさんっていうイニシャルの人がいるの?あんたは大丈夫?」と言うので詳しく事情を聞き、あまりの勘違いに、質問に答えるのを忘れるほど笑った。

年をとる毎に、クリスマスを待つ気持ちは薄れているのだけれど、誰かの笑顔を思い浮かべるのは悪くないですね。

 空味

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

十二月十四日

テレビがデジタル放送になることで、消えてしまうものがある。
子どもの頃から眼にしていた時報だ。
何でも、地上デジタル放送では、放送局が映像や音声情報を一旦圧縮して発信し、それを家庭のテレビ受像機で元に戻して映し出すため、送信から受信までに数秒かかり、それが画面上の時刻のズレとなるからだという。
もっとも、我が家のテレビは未だアナログなので、このままだとテレビ自体見れなくなるのだけれど。

「ポッ ポッ ポッ ポーン」で、時計の針を合わせるのが便利だった。数秒のズレを気にせずにはいられないのが現代社会だが、不定時法だった明治以前の人からみれば、まったく可笑しな話だ。
時を決めていたのは、時報ではなく、お天道様である。
今は、日本全国一斉に「ポーン」で正午を刻まなければならないが、日の出・日の入りを元にした不定時法では、地域によっても時は違う。

ところで、今日は赤穂の浪士が本所の吉良邸に討ち入った十二月十四日。先日聞いた落語では、吉良を討ったのは明け方だから、正確には十二月十五日だ、とのネタであったが、それは時報にならされた現代の感覚ではないだろうか。
江戸時代には、午前零時にあたる子の刻で日付が変わったと認識されたのか、ハタマタお日さまが出たのをもって日が改まったと認識されたのか?
後者のような気がするが、除夜の鐘は夜中に打つものねぇ。

「討ち入り」「除夜の鐘」と、師走らしい話題が出たところで今日はお開きにして、現代の日付が変わるまでに今日のお題をアップします。

ポッ ポッ ポッ ポーンっと。

 空味

| | コメント (1) | トラックバック (0)
|

雑貨屋としての文化史

 シマノフ夫妻と、大阪市内の某所にて会談する。最近、雑貨屋でも経営して暢気にディレッタントライフを満喫しようかと思っているといったら、彼らもそう考えていた所だ、というお話になって、ひとしきり、いかなる雑貨屋をやるべきかという議論に花が咲いた。

 ラ・レーヌ・シマノフの仮名子さん(仮名)は、香港の雑貨を扱いたい、といわれた。それに異存はないのだが、まずはコンセプトありきの方がいいのではないか。何かを構想するとき、個物ではなく包括する概念をまず規定しておいた方がいい。そこから、次元を下る形で個物へと入れば、間違いなく正解にたどりつくだろうと思う。

 雑貨屋のことはまた別に書くとして、雑貨とは何か。これが問いである。

 雑貨とは、まさに雑多な貨物であり、ジャンルの本流ではないもの、という印象がある。
 たとえば、雑貨屋にはいろいろな楽しい柄のお皿はあるが、ジノリやウェッジウッドなどはあまりお目にかからない。ファンシーなアクセサリー、小物はあるが、ティファニーやスワロフスキの商品は置いてない。手作りの曲がった陶器は置いているが、人間国宝の作品を見ることはできない。

 すべて、二流以下のものばかりである。しかし、それこそが、正しい都市生活者の「生活」ではあるまいか。ぼくは一流品が大好きで、一生持つものは大体百貨店で買いたいと思っているが((まだ、手帳をどう位置付けてよいか分からない。シマノフに勧められた「モレスキン」は高価すぎて手が出せない。しかし、主張を全うしようと思えば、これを使わない手はないのだ。中村真一郎が少年の頃、ご父君に作家になりたいと告げたところ、最高級のノートとシャープペンを与えられた、という話がある。一生の仕事とするための道具を持つなら、一流品を持たなければ意味がない、という教育方針だったのだそうな))、雑貨屋の雰囲気は捨てがたいのだ。

 で、タイトルの文化史であるが、これは大文字の「歴史」ではないし、またその語りも大文字の「文学」であってはならない。大文字の文化史や、美術史の範疇からこぼれおちたもののなかに、本当の生きた文化を伝えるものがあるのではないか、と思うのである。

 近世美術でいえば、浮世絵などはもはや高騰しているが、どこかの蔵にしまってあった、落款の文字も読めないような、三流四流以下末流の掛け軸など、誰も見向きもしないようなものや、おもちゃのような工芸品など。骨董屋でも、二束三文で投げ売りしているようなものがいい。こういうものを集めて、あるコンセプトに従って並べて見せる文化史の在り方を模索してもいいのではないだろうか。そういうものこそ、庶民がたしなんだものたちであって、狩野派の上等の絵を正月にかけることのできる町人がいくらいたか、心もとない。

 雑貨屋の位置づけもそういうものではあるまいか。美術品は美術館に任せておき、上等品はブランドショップに任せておき、その下の、中学生のお小遣いでも買えるけれど、あまり見かけたことのない思わず目を引かれる、手に取ってみたくなるような品々を置く。それが外国のものであれ、日本のものであれ、作った人の心が伝わり、その土地の空気が感じられればなおいいように思う。

 文化史が書かねばならないのも、本当はそういうことどもなのではないだろうか。

         風海

| | コメント (4) | トラックバック (0)
|

千秋万歳・100記事達成

11月末に博士学位請求論文(博論)を提出しました。
達成感というよりは、反省点ばかりが眼につきます。

同じような経験をしたことがあるなぁと、振りかえれば、
まるで初めての六甲登山と似ていることに気が付きました。

六甲山に初めて登ったのは今年の七月。
ロックガーデンではや「えらい所に来てしまった」と青ざめ、
「でもここまで来たら前に進まな帰られへん」と腹をくくって泣き泣き風吹岩まで到着。大阪湾から金剛・葛城の山々を見晴らして、心地よい風に吹かれたのもつかの間。そこからはガス欠のバテバテ。東お多福山まで来て、後もう少しかと思いきや、最後は下りで足はガクガク。ホウホウの体で帰宅したという有様。

…ということで、基礎体力の不足と日常的なトレーニングの大切さを山で自覚しましたが、研究面でも日々の研鑽意識そのものが足りなくて、結果的な体力不足になってることに今更ながら気が付きました。
(それにしても遅すぎるとの声が聞こえてきますが…。)

初登山の際、こう呟くおじさんがいました。
「山登り辛いの分かってんのに、なんで俺、また来たんやろう」
確かに、歩いてると「もう止めたい。もう動けない」と思うことは何度もあります。論文も然り。
何故そうまでして山に登るのか、何故書くのか?
その答えは未だよく分かりませんが、一つは、肉体的にも精神的にも自分自身を確かめられるということでしょうか?

もう懲りたし、ここらで辞めたいと思う一方、
「何でまた登ってるんやろう」と呟きながら、風吹岩からの眺めを求めて足を踏みだすんだろうなぁと思います。

                         空味

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

復帰宣言

復活しました。 sun 空味

Osaka

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

共感覚、あるいは文章の肌合い

 世の中に「共感覚」という知覚異常者がいる。芸術家の中に多いというから、異常と言っても悪いものではないのだが、音を聞いて色を見るとか、味を音で感じるとか、どうもそういう神経回路の混線した状態らしい。

 ぼくは自分がそうだとはけして思えないが、たまにそういう「ふうな」感覚になることもある。文章を読んだときにそうなることが多いところをみると、長年親しんだものを味わうために、全身が協調しているのではないか、と勝手に都合のいい解釈をしているのである。

 さて、今日、浅田次郎『中原の虹』(講談社文庫、2010)全四巻を読了。『蒼穹の昴』『珍妃の井戸』ときて、最新作『マンチュリアン・リポート』へと続く清末民初の壮大な歴史絵巻である。結構は雄大で、調査は細心、物語は堅牢、英雄譚から幽明界の住人までが活躍する、重層的なファンタジーでもある。

 感動的だったし、旨いなあと舌を巻くことも一再ならずあった。手放しで天才の作品であると褒めていいと思う。

 がしかし。

 同時に読み進めている堀田善衛『ミシェル城館の人』(集英社文庫、2004)と比べると、どこか肌合いが軽いのである。肺腑をえぐるような、どしんとした重量感というか、持ち重りのする鋼の手触りというか、そういう点でやや不満というか、「あれっ」というような、軽さあるいは肌理の粗さを感じるのである。

 ぼくは、十二月にはたいていロシア文学を読んで過ごす。冬はやっぱりロシアでしょう、というわけで、すきなのはトルストイの『アンナ・カレーニナ』である。こういう小説を読むと、総体が大理石の上等で作られた、本物の宮殿に歩み入ったような気分になれる。権威主義と言われようとも、本物のもつ粒子の細かさは、堪えられない味わいなのである。

 『中原の虹』を読み進めながら、大変楽しんでいたにもかかわらず、ぼくはいつもの玄米とみそ汁が食べたいと思うような思い方で、消化に悪い「文学」を求めていたのだった。こういう気分というのは、あまり多くの人に理解してもらえないと思うが、実感として確かにそうあるのだから、仕方がない。

   風海

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

HHR養成講座

 ホースヒップライダー(HHR)というジャンルがある。尻馬に乗る特性を技化して、何か面白いことをしようという訳である。

 「他人の尻馬に乗る」というと、なにか自分のない、後手に回ってしまう印象を受けるかもしれないが、そうではない。本当に尻馬を乗りこなすためには、高度に研ぎ澄まされた「動感察知力」を必要とするのであり、「バランス」(確固たる軸)「リズム」(流動的な知性)「ラージネス」(拡大された認識範囲)が達成されて初めてなしうることだからである。

 それは、武道のことじゃありませんか、というご指摘が聞こえてきた。ご名答である。おもに剣術で言われることに「後の先」という概念がある。相手が「先手必勝」のはずのタイミングで打ってきたのを、「機」とみて、それに合わせてこちらも動くことで、結果的には自分の方が先に相手を打っているという状態を作り上げる。そのためには、相手の「打とう」という心が動いた瞬間を狙わなくてはならない。

 相手は、自分が打とうと思ったところにこちらが合わせてくるものだから、一瞬自分の方が早いと錯覚するが、結果的には打ち込まれてしまうのである。「ホースヒップ」も、このようにして「ライド」する必要がある。誰かがまだ言語化されない心の動きとして、あるものへ惹きつけられているその心の動きを「動感」として性格に把捉し、自分の方が一瞬早くそれを「発見」したことにしてしまうのである。

 またたとえば、誰かが「今このアーチストが面白いんだよね」などと、ポロっと言ったのを忘れないでおき、それをすぐさま精査して、そのはじめに言った人物よりも高度な理解を以て教えてくれた本人にレクチャーするという、庇を借りて母屋を乗っ取る手法も、「後の先」であろう。

 そのような「ホースヒップライド」の技を駆使して、おもろいことをしようじゃないの、と思われる方は、ぜひご一報ください。体系的な養成講座開講します。一級「尻馬騎り」(初心者は五級から)の資格を取れば、「ファンシーファウンダー」(FF)への道が開けます。

 ※ファンシーファウンダー(FF)は「面白開祖」のこと。何か面白いモノ、事、方法などをどこからか見つけてきて世間に開示する人のことを言います。

      風海

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

守・破・離

 昨日風邪をひきそうだったので、四股を踏んでみた。夏前まで大体毎日やっていたが、暑くなって汗をかきすぎるので、休止していたのを、このほど冬に差し掛かるに及んで復活したのである。鼻が詰まっていたのがすっと通り、汗をかいて氣持ちがしゃんとした。

 四股を踏むと、大量に汗をかくのである。ま冬の早朝、起きぬけに火の氣のない部屋で始めて、三十分後には足元に垂れるくらいの大汗になっている。そのご、風呂に行って真水を浴びてもなんともないくらい、体が火照る。デトックスになるのだと思う、多分だが。

 すもーじゃあるまいし、四股なんて、と思うかもしれないが、こういう根っこにつながる鍛錬を面白いと思うかどうかが、稽古が続くかどうかの分かれ目だと思う。合氣道にいって、技の練習をして、投げた投げられた、というのも面白いけれど、自分の体が抜本的に変化してゆくのを観察する方が数段面白い。しまいには、技そのものはどうでもよくなってさえ来る。

 そういう次第だから、ぼくは投げるのが上手くない。受け身はそこそこ。三歩進んで二歩退がる、といった感じである。悪くすれば、二歩進んで三歩退がっているかもしれない。しかし、稽古の本質は、二歩ないし三歩退がるところにあるような氣がするのである。進むだけでなく、敢えて退がってみる、という余裕が必要なのではないか。

 ずっと技を進歩させ続けるわけにはいかない。だからこそ、二歩三歩後退することで、余裕を作り、直線ではなく円環的な時間感覚で練習をする必要があると思う。茶道の用語に「守・破・離」というのがある(これを武道の用語に転化したのは千葉周作)。直線的に進むのには限界があるが、延々と続く「守・破・離」の連続だと思えば、氣が楽である。

 ちなみに一般的な理解として、「守」は型を守る段階、「破」はそれから脱皮するブレイクスルーの時、「離」は次の次元へ離陸するフロー状態のことである。しかし、「破・離」に関して、「破」は自分の形が分からなくなる段階(二歩後退)で、「離」はゲシュタルトが崩壊して離散してしまう段階(三歩後退)であるという見方もできる。その時に初めてもとの「守」へ戻ることの重要性が出てくるのである。

 こうした円環を限りなく繰り返して、地中深く根を張っていくと、いずれは達人の域に達するのではないか、と、少なくともそういう希望だけは持てる点に、この「守・破・離」というシステムの優れた点があるのだと思う。

 とまあ、のーがきたれて、今日も四股をやってはみると、さっきから熱が上がっている感覚があって、計ってみると37℃台であった。なあんだ、四股やっても効かないんじゃないの、と思うのは早計で、熱が上がるのこそがデトックス効果なのである。今日は高熱出して、うんとうなされるとしよう(とこれはやせ我慢)。

    風海

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

« 2010年11月 | トップページ | 2011年1月 »