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借景-風景の共生―

街場の集合住宅に住む身で、自分も批判する権利はないのだが、このマンションの売り文句には驚いた。
「四天王寺を借景とする」マンション。
自邸から隣接する四天王寺の境内が見晴らせるというのである。

四天王寺は一千四百年の歴史をもち、今なお参詣人が絶えることのない大阪の生きた文化遺産である。その境内を南の窓下に望み、周囲もある程度は展望が広がるのだから、都会の真ん中にしては展望はよかろう。でもちょっと傲慢ではないだろうか。

借景とは、簡単にいえば自然に存在する風景を、自分の庭にちょっと拝借するというもの。景観を作り出す造園技法のひとつで、庭園の内側から庭園外部の風景を眺められるように設計する手法である。比叡山を借景とする京都の円通寺や、嵐山を借景とした天龍寺の庭園が世に知られている。

四天王寺は…と言えば、境内の極楽浄土の庭は、近年改装されて一般公開されるようになったようだから、もともと借景を考えて造園されたものでもなく、周辺にはすでに中高層の建築物が見えているので今さらしょうがない。

しかし、ここで問題なのは「四天王寺を借景に」と謳うマンション側が、自分の建ち位置を見ていないことである。まるで、自分さえよければいいと言ってるみたいだ。
居住者から見れば四天王寺は借景になるが、四天王寺の庭から見れば、このマンションが「借景」になってしまう。客観できれば、もしくは境内の庭にたたずんだことがあるなら、こんな謳い文句はおかしいと気づきそうなものだが。

上町台地にある四天王寺や夕陽丘は本来、西に眺望が開けている。江戸時代には、大坂でもトップクラスの料亭が建ち並んだ。ここから大坂湾や美しい夕陽が鑑賞できたからである。さらに平安の昔には、西海に沈む夕陽を観て西方浄土を想う「日想観(にっそうかん)」という修行がおこなわれた。伝説の域を出ないが、空海もここで日想観を行ったという。
でも、前述の物件はマンションにお決まりの全邸南向き。「せっかくこの地に建てるなら、西向きがいいのに」と、精一杯の皮肉を言わせてもらおう。

「建設を止めよ」とは言わないが、せめて四天王寺界隈の風土にあった建築にしてはもらえまいかと思う。

Photo

五重塔から北を眺める

   空味

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