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みちはつづく(幻視人の庭 2)

「みちはつづく~久木朋子版画作品詞書~」

春――

あたりの空氣はまだ肌理(きめ)が粗く、風は東(こち)風、
うかれでるにはちょっと寒いけれども、
歩き出してみました。

道はのぼり、そして下り、
右へ折れ、左へ曲り、
山頂、谷間、深い森、
目路の限りに花畑、
どこまで続いていることか。

歩く、歩く、歩く。
小鳥たちの声を伴奏に、
高山植物が笑っています。
それぞれの形、とりどりの色、
地の底から然(も)えあがる命のありさまを、
めいめいが筒一杯に表現しています。

その合奏に背中を押されて、春の生命を呼吸して、
ゆっくりと力を抜き、
あるく、あるく、あるく、
目の前のみちはつづく

夏――

夏の思い出を、訊ねられて。
流れの速い溪川に、跳ねる小魚見下ろして、
渡る吊り橋、初夏の風。
トチの木に咲く皓(しろ)い花、
瀬音に合奏(あわ)すミソサザイ。

木陰のみちは、はてもなく、
路傍のカエル鳴きやまず、
クマの背分ける夕立の、
向こうにゆれるギンリョウソウ、
ちょっと不思議な素(しろ)い花。

ただひとり、歩きつづけて、
ささやかな、記憶(おもいで)をきざむ。
行きくれて、たたずむことも、
折々に、あったけれども。
それでも何となしにでも、進んできた夏の真ん中を、
貫いて、みちはつづく

秋――

まだ歩いているの、どこまで行くの、ってよく聞かれます。
それでもみちはつづいていますから。
山の景色は刻々と変っていますから。

ごらんなさい。
陽をあびて清澄(きよら)かに輝く黄葉の下で、
熟れた赤い実を啄んでいるのは、
ルリビタキでしょうか。
ついでにぼくもひとつ口にいれたりして。

紅(もみ)の葉散りしく林の中で、
鳴き交わす鹿の遠音がきこえませんか。
その声を秋の悲しさととらえた王朝の歌人(うたびと)に、
あなたは同感なさいませんか。

もう一度、耳をすまして。
こうしている間に、イノシシが追いついて参りました。
えらい鼻息です。
もう少し先へ行ってみましょう。
つるべ落としの秋の日が、わづかな残照として、
みちをてらしているうちに。

冬――

深山(みやま)に暮らすクマも、その友人のヘビと一緒に、どうやら
冬眠の真最中のようです。
林の中にものかげはなく、
ただ梢をわたるカラ風の音だけが、
妙に心を騒がせるテンポで鳴っています。

みちは折からの雪にすっかりうもれて、
見えなくなってしまいました。
夜――。
幸い満天の星と月、
わずかな明かりに目をこらして、
一歩一歩、あるいています。

行くてに見える足あとは、――
ウサギでしょうか。姿は見えません。
降りつもった雪の上にハの字ハの字、
リズム好く伸びています。
その足あとのさしてゆく彼方に、
おそらくぼくの歩くみちはつづく

再び春――

雪がとけ、ふたたび姿をあらわした大地に、ウサギが跳ねています。あの冬の夜に、足あとを残して、ぼくをみちの行手へと誘(いざな)ってくれたウサギでしょうか。

その軽快な身のこなしにつられて、ぼくの心も軽やかになります。ふたたびめぐってきた木の芽時。シダの芽息吹く草はらに、ふと目をとめる花々の香も懐かしい。

ぼくは、ほんのすこし足どりをとめて、笑っている名もない草花の声がすいこまれてゆく青い空をふり仰いで、いたずらな風が吹きぬけてゆく梢の下にいます。

みちはつづく。前途の遼遠(はるけ)さなど問題ではありません。ただ「みちはつづく」という、そのこと自体が、そしてそのみちを歩きつづけていられるという単純なことが、ぼくの心を安らかにしてくれるのでした。

      風海

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