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視点と眼そのもの

「その見方いいね、と君が言ったから、四月十日は視点記念日」……

 もう、この手のパロディは、通用しない(ネタも古い)と思いながら、ついやってしまうんですよね。しかし、パロディというものが、創作において正当な地位を得ないままなのは、いささか残念である。ま、それはさておき。

 ここで、いきなり本題めいたものが始まります。
 文化交渉を研究する際、ある文化と文化の接点に注目するという手法がとられることが一般的であるが、それしか対象として認めないというのは、いささか偏狭である。ぼくは、広く外国史を日本人が研究すること自体を、「文化の交渉」と捉えるのはどうだろう、と思う。だって、日本文化の中で育ってきた日本人が、たとえばフランスやスペインの歴史を研究するということは、すでにそこで文化の接触が行われているということだから。

 樺山紘一『カタロニアへの眼』(中公文庫、1990)は、そうした視点に自覚的に書かれた好著だといえる。樺山さんは、ある晴れたヒマな昼下がり、バルセロナの南にあるモンジュイックの丘で、ロマネスク・フレスコを見て、それがミロの「眼」と同じ迫真力を持っていると発見するところから書き起こしている。

 そして、その眼の意味を考え始める。樺山さんは、『カタロニア讃歌』のジョージ・オーウェルやアンドレ・マルローのジャーナリスティックな眼を、結局自分の国に帰ってしまう他者の眼だとして、不満を述べ、「カタロニアという特異な対象にどこまでも肉迫してその特殊性をあきらかにするためには、どのような観察者としての眼が必要か、深刻に考えたい」としている。そうして、「本書でこころみるのは、カタロニアというひとつの地域の社会と文化とをみわたすことである」と抱負を語る。

 では、その樺山さんの眼はどういう眼なのだろう。対象をスペインといった「目の粗い」ものから、精度の細かいものへ移行させる必要があるとして、「四つの眼」を樺山さんは提示する。一つ目は「時間をつらぬく眼」で、これは歴史である。二つ目は「空間を這う眼」で、カタロニアの津々浦々を訪問してガイドするそうな。三つ目は「あるひとつの集落群を細かに観察した記録」で、調査報告だそうである。四つ目は「私の眼」で、眼の国カタロニアにむけた観察者の眼、なのだそうである。

 上の四つのうち、四つ目に「私の眼」と断っているのはなぜだろう。前の三つが「私(樺山さん)の眼」ではなく、客観的な学問の眼によって記述されるから、なのだろうか。ともかく、樺山さんはカタロニアという一地方を研究の対象とし、それを「私の眼」で語ろうとしているのである。

 最近歴史学は文書館などに残る未発表のマニュスクリプトを発掘しそれを使って、なにがしかの研究を行うというのが主流である。それは、まさに対象を限定し、目の粗いものから精度の細かいものへ移行させようというねらいがあるのだろう。しかし、たとえばフランスの地方文書館の史料を用いてなにがしかを言ったとしても、それは「郷土史」なんじゃないかという疑問が常にある。

 それを言うことによって、何を言おうとしているのか。歴史家に限らず、何かものを言おうとする人は、そこに自覚的でなければならないのではあるまいか。いたずらに対象を絞って精度を上げてみても、そこから何を言うのかという大本がなければ、それは何かを言ったことにも、見たことにもならないのではないか。ただの精緻な分析に終わっては、何かを言ったことにはならない。

 視点とは、眼そのものである。眼は口ほどに物を言うのであってみれば、どこに視点を据えるかによって、方向性は自ずと決まってくるだろう。また眼は心の窓である。卑しい視線は、そのまま卑しい心根の証拠となる。だから、何を見ているか、ということは、案外その人の人間性の演出にかかわる、重大な問題なのである。

    風海

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