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氣の意志法と山の効用

 習っている合氣道に、「氣の意志法」というトレーニング法がある。自分の意識を天地いっぱいに拡大する「拡大法」と、臍下の一点を無限小に集中する「集中法」を交互に行うのである。地味なトレーニングだが、これに通暁すると、爆発的なパワーを発揮できる(らしい)。

 集中法は、なんとなく身体感覚を伴うのでやりやすいけれど、拡大法はどこかで雲散霧消するのでずっとやりにくかった。今日、ロマンチストY田S先生の授業でこの意志法を行い、「拡大した意識のままで集中法へ移り、またその逆も行う」という意味のことを教わった。おそらく、その連続性を強調されたのであろう。

 街へ出るまでの間に歩きながらそれを思い出し、なんとなく感覚できるいっぱいのところまで意識していると、自然に一点の方もできているような氣がし始めた。また、この「意識が広がる」という感覚は、街中のような狭い所にばかりいては、なかなかつかみにくい。しかし、今日はなぜかその感じが上手く分かったような氣がしたのである。

 以前、怪人M野M先生の授業で、見晴らしのいい山の上から下を見下ろして、「ああいい景色だなあ」と感じるその心が拡大法である、と教わった。意味は分ったが実感は伴っていなかった。それが、このたび山へ行き、高くはないけれど一応頂上から、眼下に見える景色のよさに感動する、という経験をしてみると、M野先生の言葉が身体感覚として理解できたように思う。先生は偉い。山は偉い。

 そうして、ぼくは初めて意志法の「氣持よさ」を体感したのだった。合氣道は意志法だ、といっても過言ではないくらい、「心の使い方」(「氣を出すとは、心を正しく使うことである」と主張する藤平光一『氣の話』を参照)が技を左右するので、意志法は継続してやっておきたいと、遅ればせながら実感した次第である。

        風海

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