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宝塚雪組公演観劇

 久々に宝塚歌劇を観た。前に観たのが宙組・和央ようか、花總まりのさよなら公演で、今回行ったのが雪組・水夏希、愛原実花のさよなら公演だから、サヨナラだけがなんとやら…ということなのか、妙なシンクロである。
 学校の先輩に誘われて観にいくことにしたのだが、直前に先輩仕事が入ってキャンセル、結局一人で出かけていった。

 演目は歌劇が「ロジェ」、レヴューが「ロック・オン」、と書いても何の事だか分からないが、さりとて筋を説明するのも面倒だから書かないが、ぼくはそういうところではないところを今回注視していた。

 まず演技者の「姿勢」、「動き」。これらは「バランス」「リズム」「ラージネス」と分けることができる。トップスターだけでなく、どんな端役の生徒さんも、みな姿勢が良くて、バランスがとれ、動きがシャープで、リズムが合っていて、氣が出ている(ラージネスが表現されている)。

 レヴューなんかは、動きが激しく、しかも底の厚いブーツや高いヒールを履いて、くるくる回ったり足を高く上げたり、それを歌いながらやるのだから、途中息が切れたりバランスを崩すことがあってもおかしくないのに、全くそれがない(それがタカラヅカだ)。おそらく、武道の高段者にしてはじめてなしうる身体運用を、彼女達はやすやすと行っているのである。

 決め手はバランスだろう。バランスは、その重心がどこに落ちているか、軸ができているかによって決まる。そして、ぼくの習っている合氣道の団体では、それを「臍下の一点ができている」と表現する。

 タカラヅカの演技者達は、ぼくの見たところ、みな「一点」ができている。一点などという言葉は知らないかもしれないが、身体でそれを知っているのだろう。よくみると、すばやいターンや動きのつなぎの場面では、すり足に近いステップでバランスを取っている。

 宝塚音楽学校では、バレエ、日本舞踊、モダンダンスなどの授業があるので、そういった各種の技芸(アート)を通じて、あの身体運動を獲得したのであろう。タカラヅカは日本の誇る総合芸術である。それは、図らずも東洋(日舞に代表される)と西洋(バレエに代表される)の融合であり、おそらくその身体は世界に例を見ない高度なパフォーマンスに達していると思われる。

 以前、大劇場のそばで、幾人かの生徒さんが連れ立って歩いているのを見かけたが、男役がリーゼントで決めているという「押し出し」の強さと共に、その歩く姿勢の隙のなさが、武術家のようだという印象を強く持ったことがある。今回そういう視点でじっくり見てみて、やっぱりあのときの感じは間違いではなかったのだ、という思いを強く持ったのである。

            風海

(レヴューの一場面:毎日新聞ホームページより転載)       

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