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景観と私

車窓から見える大阪平野の風景は、遠い昔に思いを馳せ、想像をめぐらせるのに充分すぎる歴史的背景を抱えていた。
南河内の山野、二上山。かつては海中だったと聞いて信じられなかった電車の終着駅と大阪のまち。それらが私の「風景」となっている。

大阪の風土に関心を寄せている。私の足元を昔に遡ることで、私が育った関西・大阪という風土がわかるのではないか。それは私の「大阪論」であり、私という人間を見直すこと、つまり自分探しの旅であるとも言える。

司馬遼太郎は、例えば大阪人=がめついというような、土地と人の関係をステレオタイプで判断することの危険性を指摘しながらも、人間や歴史を考えるうえでは風土が鍵になると言う。

  その風土的特質から、人間個々の複雑さを解こうというのは
  危険であるにしても、その土地々々の住人たちを総括として
  理解するにはまず風土を考えねばならないであろう。
  いや、ときによっては風土を考えることなしに歴史も現在も
  理解しがたいばあいがしばしばある。
  『歴史を紀行する』あとがきより(初出:文藝春秋、1976年)

「小説を書く時、私はなるべくその舞台となる風土ぐるみで人間を書いていきたい」*1という如く、『空海の風景』では、空海という人物を育んだ地・景観を、現代に見て回ることでとらえようとした。司馬は、風土が人をつくると考えていたからである。人が、文化が育つのは、その土地の息吹きを吸うことによると、司馬は言っているのである。
であるとすれば、大阪のかつての景観を復元し、思い描くことは、大阪の文化が育まれてきた背景を明らかにすることになるのだろう。

*1司馬遼太郎「歴史と風土」1972年(司馬『歴史と風土』文藝春秋、1998年)

    空味

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