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2010年6月

今日もて~くてく♪

はてさて、サンジャックへの道を決意してから約1か月。週に1度は1時間強のウォーキングを続けています。
トレーニングのためにリュックに本や水を詰め込んで3~4kgの負荷をかけて歩くことも。しかし慣れてないので、翌日に疲れが残ってしまいます。こんなことでサンジャックまで行けるのかしら。
そんな私に応援ソングが!

このまち越えて、あの山越えて、はたまた吹雪の峠も焼けつく道も、ただ、てくてく、てくてくと歩いて行く高野聖のイメージ。『てくてく こうやくん』です。

高野聖と言えば泉鏡花の幻想的なイメージを思い出しますが、そんなイメージを払拭してしまうゆるキャラ、こうやくん。
この歌も浪速のモーツアルト、キダ・タロー先生の作詞・作曲。軽快でなじみやすく、一度聞いただけで口ずさめるメロディーです。
 (こうやくん日記で視聴できます。
  http://www.koyasan.jp/kouyakun.html

この歌があれば、辛い道のりも「同行二人」で乗り切れそう。

今日もて~くて~く こうやくん♪ てくて~く こうやくん♪

 空味

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ぷちっとした発見

 最近トリビアルでぷちっとした発見(?)をいくつかした。

 その一、「漢帝国における貨幣の意味」。
 詳細は友人のS氏と共同研究することになっているので、簡単に説明する。中心にあるのは、なぜ漢代において人頭税を「銅銭」で支払わなくてはならない、という法律が出来たのか、という疑問である。
 当時の経済は主に物々交換で成り立っており、多くの研究者が指摘するような「貨幣経済」は、成り立っていなかった。貨幣史を研究する方々は、どうしても現代の状況に無意識を絡めとられて、貨幣に相当するものが出てくると、古代においても現代と変わりない貨幣経済があったと錯覚してしまうのだろう。
 それは、『詩経』の時代でも江戸時代でも、「恋」という語が出てくると、現代風の「恋愛」における心の動きがあったと、錯覚してしまうのに似ている。

 それで、ぼくが気づいたのは、貨幣の役割は、「人頭税として収めなくてはならないモノ」であるということである。なんだ、トートロジーじゃないか、といわれそうだが、そこに漢代法制を整えた人々の陰謀が隠されているのである。

 周囲の経済は物々交換である。ところが人民は、人頭税を払う「ためだけ」に銅銭を必要とする。そこに政府の付け目があるので、政府は銅銭鋳造の初期投資だけで、人民から物品や労働力を無限に手に入れることが出来るのである。なぜなら、何かを買うときに等価交換しないで、銅銭で支払うことが可能になり、人民に支払った銅銭はいずれ税金として戻ってくるからである。溜め込んで外に出さないやつがいる場合、「蓄銭叙位令」によって、官位を授けることにしてあるから、年月がかかってもいずれ戻ってくる。

 そうして、そのような税制経済体制が整備されてくると、帝国内部に多くの諸侯王国があることがうるさくなってくる。しかも、呉の国は銅の産地であった。そこで色々な情報操作や圧力をかけるなどして、呉王を中心に反乱を誘発する。これが世に言う「呉楚七国の乱」である。
 経済と国政が絡み合っている証拠に、チョーソというおっさんが、上奏して、色々経済問題などを説いている(『史記』など参照)。そこから、S氏の専攻する国制史の領域に入ってゆく、という寸法。

 その二、「四天王寺聖徳太子像は、なぜ曲尺を持っているのか」。

 曲尺を持っている、という点で共通するのは、中国古代の「フクギとジョカ」という二人の神様である。フクギは、八卦などを作ったとされていて、制度や統治の神様なのだという。そのフクギが象徴的に手に持っているのが曲尺で、これはまた古代の建築技術とも関わっているだろう。

 福永光司先生が聖徳太子がもたらしたのは仏教ではなく道教である、という説を唱えておられるが、そこへとこの話はつながっていく。古代中国の民間宗教であるフクギとジョカの日本版が聖徳太子にくっつけられたのである。では、ジョカに相当するのは何か、といえば、おそらくは「天照大神」だろう。どういうわけか、天照大神は、男のパートナーを持っていない。月読命やスサノオがいることはいるが、どうも迫力に乏しかったり、パートナーとして成立しがたかったりする。

 そこへいくと、聖徳太子は万能の超人であり、象徴的なパートナーとして実力十分なのではないか。と言うのは言いすぎだろうか。まあ、妄想でもいいや。

 というわけで、最近そういうことを考えていたのである。どちらも「実証」するためには、随分時間がかかりそうだが、閑なときに少しずつやってみようと思う。以前は何でも一気に仕上げてしまわないと不安だったのだが、このごろは気分の持続が出来るようになったし、ぼちぼちやるという楽しみも覚えてきたのである。

   風海

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風邪のなかの大会

 五月以来、よく風邪をひくようになった。
KクリニックのK先生という、神さまのお友達(?)のような先生にみてもらうと、イネ科の花粉症も併発しているということだった。K先生は、普通では見えないものが見える先生で、ぼくの背中の左半分に、「風邪のモト」が居る、といわれた。そこをトントンしてもらいなさい、と。指や手で直接触ると「うつる」からだそうである。

 かぜはほぼ十日くらいかかってよくなりつつあるが、周りを見るとなぜか流行っている。道場のYS先生、YT先生、SKさん、そして空味さんもA・シマノフ氏も風邪をひいていた。

 夏風邪をひくのはバカである、と聞いたことがあるが、これだけ揃うと「バカ」の一言では済まない気がする。ぼくの風邪は喉から気管支に来て、鼻水が出続けるというものだった。そして熱が出た。熱が出るなんて久しぶりの経験だから、何もなければゴロゴロしてその状態を楽しむところだが、あいにく一番しんどい時に合氣道の体技審査会があった。

 関西大会で、出場者がいないからぜひ出てくれと言われ、三週間前にパートナーを探し始めた。しかし、そんな間近になって、誰も承知してくれるひとはいない。何人かに掛け合って、ようやく囲碁プロ棋士のTMさん(三段)に承諾していただいた。

 そんな経緯があるから、熱があります、と言って大会を棄権するわけにはいかなかった。朝から始まり、昼過ぎまで子供たちおよび学生が演武し、一般の部は三時ごろから始まった。選手は全員朝九時半に集まっていたから、五時間近く体育館にいたわけだが、ぼくは気分が悪くて廊下で寝ており、昼ごはんも食べられなかった。

 あまり寝てばかりいるものだから、周りの人が「棄権しなさい」と言いに来られた。しかし、五時間悪条件の中で耐えたのだから、せっかくだしでますと言って出場だけはした。ぼくは第八体技、TMさんは第一体技である。結果、ぼくは退場の時にバランスを崩してふらついたせいもあり、かすりもしなかったが、TMさんは金賞だった。

 野口整体では、風の効用ということを言う。もしあったとすれば、ぼくの場合だるくて力が抜けていた、ということだろうか。

        風海

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景観と私

車窓から見える大阪平野の風景は、遠い昔に思いを馳せ、想像をめぐらせるのに充分すぎる歴史的背景を抱えていた。
南河内の山野、二上山。かつては海中だったと聞いて信じられなかった電車の終着駅と大阪のまち。それらが私の「風景」となっている。

大阪の風土に関心を寄せている。私の足元を昔に遡ることで、私が育った関西・大阪という風土がわかるのではないか。それは私の「大阪論」であり、私という人間を見直すこと、つまり自分探しの旅であるとも言える。

司馬遼太郎は、例えば大阪人=がめついというような、土地と人の関係をステレオタイプで判断することの危険性を指摘しながらも、人間や歴史を考えるうえでは風土が鍵になると言う。

  その風土的特質から、人間個々の複雑さを解こうというのは
  危険であるにしても、その土地々々の住人たちを総括として
  理解するにはまず風土を考えねばならないであろう。
  いや、ときによっては風土を考えることなしに歴史も現在も
  理解しがたいばあいがしばしばある。
  『歴史を紀行する』あとがきより(初出:文藝春秋、1976年)

「小説を書く時、私はなるべくその舞台となる風土ぐるみで人間を書いていきたい」*1という如く、『空海の風景』では、空海という人物を育んだ地・景観を、現代に見て回ることでとらえようとした。司馬は、風土が人をつくると考えていたからである。人が、文化が育つのは、その土地の息吹きを吸うことによると、司馬は言っているのである。
であるとすれば、大阪のかつての景観を復元し、思い描くことは、大阪の文化が育まれてきた背景を明らかにすることになるのだろう。

*1司馬遼太郎「歴史と風土」1972年(司馬『歴史と風土』文藝春秋、1998年)

    空味

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想像してる暗い未来のヴィジョンは…

 益田ミリの『すーちゃん』、『結婚しなくていいですか―すーちゃんの明日』(ともに幻冬舎)を読む。かわいらしい絵柄で、のんびりした画面構成と話の展開に騙されてはいけない。これは恐ろしいマンガであった。がちょ~ん。

 帯に香山リカさんのコメントが付いていて、「『恋空』を読んでも『ホームレス中学生』を読んでも泣かなかったのに、号泣してしまった」という意味のことが書いてある。さすがに号泣はしなかったが、精神のかなり深いところに打撃を受けた。ど~ん。

 普段はそんなところを人には触らせない。しかし、油断があったのである。あの絵とたらたらした展開に気を許したのが間違いだった。このマンガは、心の奥の、最も見たくない部分を直撃する。それは、「不安」の倉庫である。

 すーちゃんは現在三十代半ば。カフェの店長で、仕事はあるしこつこつためた貯金もある。でも、何かに変わりたい、このままでいいのか、という漠然とした焦燥感を抱えている。芥川のいう漠然とした不安、ではなく、確固たる未来のヴィジョンとしての「不安」をどう乗り切るか、という過程で発生してくる、背を焼くような、それでいてどこか居心地のいい焦燥感なのである。

 マンガでは、いちおう今のままでいいよ、というメッセージが発信される。しかし、それは今にも茹でられようとしているカエルに対する慰めのようなものではないか。ぼくは、こんな恐ろしいマンガを読んだことがない。しかたなく、稲葉さん(B´Z)の絶叫で自分をごまかしてみる。

 「想像してる暗い未来のヴィジョンは、思い出の寄せ集めなのに…」

 

             風海

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