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例会報告

 5月7日、大阪市内某所にて、宇宙文化研究所例会を開催した。メンバーはA・シマノフ、M・ダウエ、アキヲ君の各氏に風海である。

 ぼくは実質的な利益のまるでない、純粋に知性の戯れだけによる会話を愛してやまないのだが、この例会はいつもそんな具合に進行するから、本当にありがたい。とはいえ、全く何にもなっていないかと言えばそうではなく、ここで活発化した知性の動きが、やがて創造的な活動となって還元されるのである。そのための投資のような意味合いもあるわけだ。だから、すぐ身にならないことはしないと言う人は、実質的と本人が思っているにもかかわらず、実質を失っていると思う。目先の小銭に目を奪われて、一歩先の大金を逃す人のようなものである。

 テーマは大体一貫して「巡礼」だった。巡礼は行く前はもちろん、行った後に意味があるのではない。巡礼しているまさにその瞬間こそが、意味なのである。また、他人ではなく、自分が歩くのである。だから、ともかく行かなくてはならないのだと言うことになる。

 誤解されがちだが、巡礼は「修行」ではない。修行で、たとえば千日回峰などは、行をやめるイコール死を意味する。それほど厳しい状況の中で、徹底的に自分をなくし、かつて自分だったところへ神仏を置換する作業である。だから、仮にぼくが出来なくても、誰か立派な人が成し遂げてくれれば、それで十分である。ぼくはその人を通じて仏様を拝めばいいのだから。

 しかし、巡礼は、ぼくがぼくを追いかける旅なのだ。どこまで行っても、ぼくはぼくに追いつけないし、かといって自分と言うものが神仏にい入れ替わるわけでもない。それでも歩かなくてはならないのは、歩いているまさにその瞬間に「何かがある」に違いないからである。それが何なのかは、巡礼に行ってから、みんなで報告したい。

      風海

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