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再び桜について

 友人二人と、天神橋から続く川岸の桜並木を見物した。満開の木と葉桜とが入り混じり、青空へ向かってグラデーションが開けている。大勢の花見客がシートを広げ、屋台もちらほら出ているなか、鳩の群れが離合集散し、ぼくたちの歩く背中を、アンデスあたりの民族楽器奏でる「コンドルは飛んで行く」が押してくる。のどかな川辺の光景である。

 そのご、友人たちと別れて夜道を歩いていると、街角の家の庭先に咲く桜が目に入った。美しい満開の夜桜である。もしかしたら葉桜だったかもしれないが、夜目のため、咲き誇る花の姿しか見えない。桜は夜見るのもいいものだなあ、と月並みな感想を漏らしかけて、はたと気がついた。

 桜は夜が好きなのではあるまいか。春の暖かい空気の中、青空に映える満開の木々の印象が強すぎて、桜そのものの性格に対する省察が欠けていたが、桜は実は陰性の木で、夜るとか寒い空気とか、雨などが好きなのではあるまいか。そして、風に花びらを舞わせるのが、心地よいのではあるまいか。そんなことをふと思った。

 桜を植えて見物するようになって、たかだか三百年の伝統しかない。植物のような、ゆったりと時を刻む種族にとって、三百年はまだ「歴史」ではないだろう。桜たちは戸惑っているのではないだろうか。人々がやってきて喜んでくれるのはいいけれど、ぼくたちは冷たい空気と雨が欲しい、風に散る花びらを送りだすのが人生の快事である、というこれまでの習慣との板挟みになって、桜たちは思い悩んでいるのではあるまいか。

 だから、桜の時期にやけに気温が下がったり雨が降ったり風が強くなったりすると同時に、必ず幾日かは、青天の休日に満開の花が見られるような廻りあわせが起こるのである。今年もありがとうと言って、楽しげに散る花を気分よく送り出したい。

        風海

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