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自分探しの旅

人とは差し向かいで話すことができても、自分自身とはなかなかそうはいかない。また、人と向き合う以上に、自分と向き合うことは恐いことだ。

日頃はフタをしているドロドロとした思いや、冷たい感情に触れ、今まで見ていた世界を崩壊させる。ちょうど、食べるのを忘れたままにしていたお惣菜を冷蔵庫の片すみに見つけてしまった時のようなオゾマシサがある。
見てはいけないものを見てしまった…。

もっと恐いのは、自分の中身が空っぽだった時かもしれない。
研究畑ではなく、一般社会で生活をしている人と話をしていて気付かされることがある。
「お勉強がお好きなんですね」とか
「研究をしていらっしゃるってすごいですね」とか、もっと直球で、
「それって楽しいんですか」とか言われると、何も答えられない。
私ってなんでこんなことをやってるんだっけ?これまでの私って空っぽだったんだ、と本当の自分探しの旅に出かけることになる。

しかし、そんな旅には〈貴方に最適なのはこっちですよ〉と教えてくれるガイドさんも現れず、現れたとしても、自分は行くつもりのなかった「免税ショップ」に連れて行かれるのがオチである。結局は自分で歩いていくのがいい。

自分探しの旅として、四国八十八ヶ所巡りをする若者の巡礼者がいる。また、俳人の黛まどかさんはサンチャゴ巡礼道を歩むなかで、自分自身と向き合ったという。

自分探しの旅に関しては、私はまだ答えが全然わからない。空っぽなままでもいいのかもしれない。
ただし、座ってあれこれと悩むだけでは解決しそうにないから、とにかく一歩一歩足を前に出すほかないなあというのが、今の解決策である。

 空味

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