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桜の花と春の長雨

 桜の花が咲きだしたと思ったら、雨が降りはじめた。せっかくの花が雨で台無しになるじゃないか、本当に春の長雨はしつこいからなあ。
 と、以前はそう思っていた。

 ところで、今日ふとひらめいたことがある。この雨って、桜が呼んでいるんじゃないだろうか。花は春の象徴である。桜にとって、開花は一年で最も大きな行事だろう。この美しさを見られたい、という青春のおごりに花は満ちている。
 しかし、である。桜の木にとって、木の芽どき、花の咲くころが一番力のいるときである。そういうときに、天気がよすぎてカラカラでは、これからの一年を過ごしてゆく推進力が生まれない。

 だから、桜は開花と同時に雨を呼ぶのである。花はそれ自体で美しいものである。多少の雨でその美しさが損なわれるものではないし、雨で散るのがはやまって悲しむのは人間ばかりである。他のお得意さん、虫たちや鳥たちは、陽光に照り輝く花も、雨にぬれた花も散る花も、同じように花と見るだけである。だったら何遠慮することがあろうか。

 そうして桜たちは雨を呼ぶのである。また、そのお陰をぼくたちも被っている。今雨が降るから夏の水不足も解消されるのだし、何より植物を育てるエネルギーが、新芽が燃え始める前に、大量に蓄積されるのだから。

 そう考えると、この世はおかげ様に満ちている。春日大社の葉室宮司さんの著書に、ワニなどの動物と共生する鳥のことが出ていて、ワニがいて虫がいて鳥がいるから共存関係が成り立っていると書いてあった。ぼくたちはワニと鳥には目を向けるが、虫にはあまり顧慮しない。でも、ここで重要なのは明らかに虫の存在で、ワニと鳥を結びつける役割を果たしているのである。

 もしかしたら、桜の木が雨を呼んでくれるおかげで、ぼくたちは生かされているのかもしれない。そう思って春の野に出てみよう。晴れていても雨が降っていても、同じようにありがたい気分になれると思う。

         風海

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