« 久木のもり その③ | トップページ | お詫びと訂正 »

春日のもり

 春日大社は心地の良いところだ。
 奈良公園から神域へ入ると、木々の密度が若干変わるような気がする。山全体がご神体なのである。

 下の禰宜道を歩いていると、梢を風が伝ってゆく気配がする。風は時に下まで吹き抜けてきて、早春の息吹を感じさせてくれる。たまにその揺れる空気の密度が、細かくてほんのり暖かいことがある。あれは神様が動いているのだろうか。ふっと、心を吸い寄せられるような気がする。そういうとき、体がのびのびして、神妙で心地がよい。

 神社などへ行って、お参りするのに本殿のほうばかり向いているのは間違いだ、という話をよく耳にする。神様はその時の気分で、どこに居られるか分からないからだそうである。だから、神社へ行ったら、とりあえず本殿の周りをぐるっと回ってみて、全方向に「神気」を感じようとしなくてはならない。

 神域に入るときから、心を澄ましておき、木や森があれば、梢を見上げて、神様を感じてみる。これが楽しい神社へのお参りの仕方ではないかと思う。そして、お参りの仕方も、注意が必要である。

 大体お賽銭を投げ入れ、「商売繁盛、家内安全、学業成就…etc,etc」と念じるのが普通だが、そういうことをいくらやっても神仏は答えてくれないのだそうである。
 炊飯器や自動ドアなどいくつもの発明をしたことで知られる政木和三さんの本に、「神仏が願いをかなえることはない。神仏の前では手を合わせてひたすら、今現在幸せです、ありがとうございます、と御礼を言うと、自分の中にある神仏が、生命体を活性化してくれ、幸運となる」という意味のことが書かれていた。

 そういうことを指摘する人は他にもいるから、おそらくそれが真実なのだろう。ぼくは頭上を神様が風と共に通り抜けるのを感じると、心の中で「ありがとうございます」と言ってみた。すると、なんだかいい気分になっている。これからは、どこへ行ってもそういう風にお参りしてみようと思う。

         風海

Dscn6142

|
|

« 久木のもり その③ | トップページ | お詫びと訂正 »

聖地見物」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1321750/33959193

この記事へのトラックバック一覧です: 春日のもり:

« 久木のもり その③ | トップページ | お詫びと訂正 »