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東寺の行道

一月十一日、京都の東寺(教王護国寺)に行った。空味さんの縁者が参加している「後七日御修法(みしほ)」の行道(お坊さんの行列)を見るのが目的である。御修法とは寺内の灌頂院において災厄払いの息災護摩壇と招福の増益護摩壇などを設けて、おもに鎮護国家の儀式を奉修するものである。

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十二時半ごろついたが、一時半の行道までにはまだ時間があったので、その場所だけ確認しておこうと結界の張られた玉砂利の道へ行きかけたとき、丁度寺務所の門から現れた若い僧侶が、まさに空味さんの縁者であった。多分直接には会えないだろうといわれていたので、ちょっとした驚きだった。

そこで正しい開始時間を聞き(はじめ「二時から」と言われたが、後に空味さんの携帯に連絡があり「一時半」と訂正された)、特別拝観を行っていた五重塔、金堂、講堂を見学する。そこで今度はぼくの知人、道場でお世話になっているSさんにばったりはち合わせした。自慢ではないが、ぼくは外であまり知った人に出会わない。ぼくを見かけたよ、と後で言う人はいても、その時こちらは気づいていない。とにかく、何の打ち合わせもなく人に出会うのは、年に数回あるかないかである。

場所がらが寺でもあるし、だから余計に「ご縁」を感じてしまう。そういえば、御修法の行われる灌頂院の「灌頂」も、大日如来との「結縁」を行うための儀式である。この宇宙は「縁起」によって成り立っているとはお釈迦様の創見だ。このご縁ということをつらつら考えてみるに、非常に奥深いものを感じる。なぜなら「ご縁」のひとことで、「自己」を中心とした全宇宙のネットワークが、即座に立ち上がるからである。その網の目のどの部分も、この宇宙が成り立つためには欠かせない。

ご縁には大別すると二種類あって、一つが「出会う」であり、もう一つが「出会わない」である。ともすれば前者ばかりが特化されがちであるが、後者の重要度は前者におさおさ劣らない。なぜなら、ぼくは今生きているが、それは事故や病気に「出会わなかった」からである。

また「出会う」を顕在意識とすれば、「出会わない」は潜在意識に相当しよう。そのボー大な可能性の中から、氷山の一角のように浮かんでくるのが「出会い」というものだから。そう考えると、一つひとつの「出会い」の意味深さが思いやられる。

この度の東寺訪問は、そういうことを考えさせられる機会だった。そういえば、弘法大師空海も、千載一遇のチャンスをとらえて入唐し、長安青龍寺の恵果阿闍梨から密教を伝授されたのである。お大師様は「すべて想定内だよ」と言われるかも知れないが。

Dscn5602_4 講堂でおみくじを引いたりしているうちに、結界の近くに人群が出来はじめている。一時半丁度に二列に並んだ僧侶の行列が寺務所から現れ、道俗の男女がこぞって「南無大師遍照金剛」を唱和する。ぼくもSさん空味さんとともに合掌した。

それほど寒い日ではなかったはずだけど、帰りのバスに乗って河原町へ着く頃、鼻水が出はじめ、くしゃみが止まらなくなってきた。熱もあるのか、妙な寒気がする。河原町の「月ヶ瀬」本店に入って、粟ぜんざい(美味である)を食べたが、体が温もらない。追加でお汁粉(美味である)を頼み、お腹は満たされたが、まだ寒かった。明らかに風邪を引きかけている。しかし、それは悪いことではなく、この冬を乗り切るための「免疫」をお大師様に頂いたのだと思う。風邪の最大の効用はデトックスなのだから。

   

              風海衛門

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