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楽問のスゝメ

 「学問」という言葉は「学んで(真似して)、問う」あるいは「問いを学ぶ(真似する)」というふうに読める。どちらも大事なことには違いがないが、終生そのような態度でいて果たして面白いことができるだろうかと考えたとき、そこから離れてみることも大事なのではないかと思うようになった。その契機はいろいろあるが、象徴的な事件をひとつあげよう。
 ある友人の博士論文口頭試問公聴会でのことだった。彼の論文を気に入らなかったと見える副査の某教授が、「君はさかんに自分の問題関心が、と言うが、問題というのは学界に属しているものであり、君のものではないのだ」と公言したのである。問題は学界に用意されており、学者はそれを適宜解いていけばいい。それが研究者の仕事だ、そう教授は言うのである。ぼくは何か冷たいものを背筋に感じた。端的に、これはいかん、と思った。もし本当にそうなら、絶対面白くない。

 『論語』雍也第六に次のような言葉がある。「子曰く、これを知る者は、これを好む者に如かず。これを好む者は、これを楽しむ者に如かず、と」(宮崎市定『論語の新研究』(岩波書店、1974年)では「子曰く、理性で知ることは、感情で好むことの深さに及ばない。感情で好むことは、全身を打ちこんで楽しむことの深さに及ばない」と訳されている)。学問研究は、その客観性重視のため、いきおい自分を「知る者」、思いきって進んでも「好む者」の位置に留めるストイックな姿勢が求められてしまう。
 ごく公平に言ってストイシズムは悪くない。しかし、時として硬直してしまう。悪くすれば居着いて動けなくなる。そして何より愉しくない。ぼくはともすれば自分の問いを否定されるような「学界」などやめてしまい、「楽界」に入りたい。そこは「楽しんで問う」または「問いを楽しむ」ことのできる「楽問」の世界である。そのほうが、「考える」ということをより実行しやすくなるからである。

 では、「考える」とは、本当はどういうことなのであろうか。そもそも研究者といわれる人々は、ものを「考えて」いるのだろうか。ぼくが親しんできたのは主に文学・歴史学だが、「~について考察する」という文字を見ることはあっても、「考察するとはどういう行為なのか」が分かる形で表現されたものに出会うことはほとんどない。
 まず、「専門家」とはどういう人のことなのか。普通一般にはある分野のことを何でも知っている人、ということになるだろう。しかし、それだけでは十分でない。ぼくはその上に「その分野で何が分かっていないか分かっている人」という要素をつけ加えたい。そうでない限り、「問い」が発見できないからである。
 つまり、専門の研究者とは、その分野で「問いを見つけることのできる人」ということになるだろう。誰も見つけられなかったような重要で魅力的な問いを発見して、はじめて「専門家」と言いうるのではないか。どうすれば、そうした問いに行き当たるのか。そこに「考える」必要が入り込むのである。つまり「学界お墨付きの問題」を自分なりにアレンジして研究をするのではなく、みずから考えて「問い」へとにじり寄る。すなわち問いをめぐる思念の動きが「考える」ということなのである。

 そのためには、ただ疑問点を見つければいいというものではあるまい。そこからさらに大きな場へ向けて、「問いを開く」ことが大切である。つまり、A=Bを証明することで、「A=Bが分かった」だけでなく、その他の問題への解答やヒント、または新しい問いへの経路が開かれるような器の大きさを持ちたいと思うのだ。そのための仕方として、「A=B」だけで閉じてしまうのではなく、「A=B」から何かが始まるような仕掛けをほどこすのである。

 これをぼくは「問いを開く」と表現したい。もっとも、言い方は何でもよくて、内田樹さんに倣って「問題の次数を上げる」と言ってもいいし、苫米地英人さんのように「思考の抽象度を上げる」と言っても同じことである。ただ、これらの言葉に満足せず新たなフレーズを作ったのは、上下の垂直ラインだけでなく、水平ラインをも含む広がりを強調したかったからである。だからぼくは自分の問いが宇宙いっぱいに広がってゆくことをイメージしつつ、「問いを開く」と表現してみたのである。そのように思考すれば、楽しんで問い、問いを楽しむ、という姿勢が、自ずと作られるのではないかと思う。
 
 新たに構想している研究所の総タイトルとして「楽問館」とつけたのは、そういう願いを込めてのことである。研究成果の今日的意義にこだわるのではなく、先ずはしっかり自分の問いを楽しむこと。そこからこそ宇宙への還元が始まるのだと信じている。

               宇則齋にて風海識す

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