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IQ38の世界

  深夜漫然とラジオを聴いていると(某国々営放送のラジオ深夜便)、障碍児をもつお母さんが出演しており、子供がテストを受けたときの状況を語っていた。
「お父さんは男です。それではお母さんは」
  と聞かれ、その子は即座に、
「お母さんは大好きです」
 と答えたのであったという。
 質問の主旨は明らかに父母の性別を問うているので、通常であれば「女です」と答えられるのであるが、その子はお母さんと聞いた瞬間に「大好き」という心情を吐露する方へ回路が繋がったのである。それを、お母さんは「暖かい世界」だと表現していた。

 確かに、理知は冷たいものである。そして知恵の発達は人間を浅くする。損得勘定と自我によって、究極的には「現在の」自己と「自我」が規定するものしか、自己とは認めず、他者を永久に排除する方向へ、その動きは向かう。だから特別理知的でなくても、人は冷たくなる。 IQではかる知恵が遅れているということは、何かが欠如していると捉えられがちであるが、もしかすると、多すぎるところから来ているのではないだろうか。
 つまり脳内が星雲状態にあって、発生するエンドルフィンの量も通常の人間よりも多いのかも知れない(生化学のことはよく分らないが)。どこかであるお坊さんが、「知恵遅れではなく、知識遅れと言いたい」と発言したという話を読んだが、確かにと頷くと同時に、「知恵ではなく知慧に不足はしていない」と付け加えてみたい。彼らは無意識の領域が大きいのである。そしてそれは宇宙へと直結しているが(星雲状態というのはそういうことでもある)、そのことをきちんと分析的に表現する言葉を持たないのである。
 見事な絵を描く自閉症児の研究によってラスコーの壁画などを描いた流動的な知性の存在が明らかとなったように(中沢新一『芸術人類学』)、この暖かい世界に触れることで、悟りへ通じる無意識の経路が明らかになるのではないだろうか。

 寒山拾得の大笑いなど、明らかに分析的な知性では理解しがたい。それを分ることができるのは身体感覚としてその状態に近づいたときだけであり、それは分析的知性の機能停止を意味する。禅が文字を廃せというのは恐らくそこからだろう。老子が赤ちゃんの状態がもっともいいというのは、単に体が柔らかいからだけではなく、脳内も暖かいからである。そう考えていくと、知性を先鋭化する方向だけに向かうのも考え物ではないか。暖かい脳から学ぶものは、理性的なことばで語る立派な師匠と同じくらい大事なのではないだろうか。昔の共同体はそういう人物を受け入れてきた。精神的な師匠に対してそうしたように。しかし現在の世の中は、「実学」(学んだ知識技能がすぐに換金可能な学問)へ向かい、そうした迂遠な方法を採らなくなった。しかし、真の教養というのは、そういう人々ともつきあい、脳内に自分の星雲を育てることでもあるのではないだろうか。

         風海

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